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医ごっそうのコラム茶や!


医療法人 仁泉会「朝倉病院」理事長の医ごっそうコラムです。
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<   2017年 12月 ( 3 )   > この月の画像一覧
12月の歌はウィンターソング
今回の冬オリジナルソングはウィンターソングです。
昨年のインスツメンタルの曲にボーカルを入れ、リズムをモータウンサウンドに変え、聞きやすくしたものです。
本当は12月の初めにアップする予定ですが、いろいろ年末の事情あり、中旬となってしまいました。

詩の内容も2番目が、友達に会うのにサビで”愛し合うこの時間”となっていますが、本当は”巡り会うこの時間が”なんですが、時間が間に舞わないのでそのままアップしています。
””
この曲で今年は春の”やさしさに出会えたなら”、初夏の”夏祭り”、真夏の”夏が来るぞ”、秋の”ふるさと”と五曲になりました。
また来年も同じように季節に合う歌をアップできればと思っています。

特にアレンジ面であとで気がついたりというのが結構あります。
ふるさとももう少しアレンジを変え、琴を入れたり、詩を少し洗練され背、またアップする予定ですし、ウィンターソングも少し手直しできればと思っています。

ただアレンジやパフォーマンスをしていただいた音楽工房の方々には感謝です。
高知で地道に音楽活動をされていて、拙作を聞ける歌にしたもらったことに感謝です。

それにしても歌というのは、人間の構造と似ていると思うところです。
音楽もメロデイ、詩、アレンンジと分けると、人間にしてみると、メロデイは人のスタイルでしょうか。
詩は顔のような気がします。
顔と言っても、人柄を表す表情も含みます。
いい人柄が表れる顔はスタイルをよりいっそう引き立てるのです。

曲がよくっても詩が変だと曲も盛り上がらないし、詩がよくても曲がよくないと、音楽ですから駄目ですね。
アンレンジはその上につけるメイクだったり、服装かなと思います。
だからスタイルがいいというのは、どんな服装であうし、なおかつ顔が好意的であると、最高です。
曲のタイトルはさしずめその人の名前でしょうか?
スタイルがよくて顔がよくても名前が変だとがっくりきますから。

ようするにいろんなことがマッチしていい曲が生まれると思うこの頃です。
来年もまた頑張りたいと思います。





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by asakura_h | 2017-12-31 20:38
変わるにかわる
来年度は医療介護障害者のトリプル改定という、大きな節目の年になります。
もちろんそれまで変化の方向は示されていました。
特に救急病床を中心に欧米の規準まで入院日数を短くすることで、入退院の回転をあげて、稼働率を下げていく。
さらに在宅への誘導をした結果、おかげで全国で30万床の病床が空いているということです。

その流れ、病床の削減、在宅へは今度の改定でさらに加速され、慢性病床への入院のハードルをあげて、慢性期病床の稼働率を下げ、施設への転換を促すことで、全国八千ぐらいの病院を五から六千ぐらいに削減しようということです。
その結果、病床の構成も在宅への呼び水として最近増えている地域包括ケア病床への転換も促していくことになります。

しかし、これもいよいよ改革の波が医療福祉の業界にも押し寄せてきたということです。
今年はメガバンクのリストラの話もありましたが、海外の銀行もAIの時代の到来を踏まえてすでに改革をしているので、やっときたのかという話のようですし、すでにコンテンツ業界などは配信の発達で大幅な改革をよぎなくされていますしね。

ともかくこの波はまるで津波のような巨大なパワーで、名前は未来、近未来という大きな複合体です。
この複合体の中身を見ると、一つはグローバル化ということで、グローバルスタンダードが導入されて、日本だけ特別ということができなくなっています。

二つ目は国の財政事情もきびしく、すでに千兆を超える借金があり、個人資産を超えようとしている。
三つ目は少子高齢化です。特に少子化の影響で高知のここ十年の医療の必要度はほぼ横ばい、それ以降は下がっていくのでダウンサイジングをせざるをえなくなっている。
四つ目はデータの透明化、病床機能の届け出が課せられてから、病院の姿が丸裸にされていることです。まあ、このことは裏を返せばデータを握る人とデータを握られる人がいて、常に前者は少数と多数の後者とより富の格差を生み出す、情報格差にもつながるんですが。
五つ目はAI(人工知能)とiPS細胞の進歩で、医療の世界も一変してしまうことです。

以上の中でどう生きているかを考えると、それに併せて変わっていくしかないですね。
先月の岡山の医療法人協会のセミナーでは、新ゴジラにたとえてましたが、やってくる変化を新ゴジラにたとえたかと思えば、実は新ゴジラが四回変化したようにタフに病院自体が変わる必要性を説いてました。

ただ、全部変わったら、自らのアイデンテイテイが何かわからなくなるので、変わる部分と変わってはいけない部分をきちんと選別しないといけないですが、環境に適応すべく変わるのは避けられないことです。
進化論でも強いものが生き残るのではなく、適応できたものが生き残るというころでしょう。

土佐弁でよく引き合いに出される”変わるにかわらん”は、かわらんというのが、みたいなという意味です。
ようするに変わるみたいという意味ですけど、もっとはっきりしたほうがいいんですね。
”変わるに変わる”って。



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by asakura_h | 2017-12-13 08:00
ながら作業のすすめ
子供の頃はテレビを見ながらの勉強とか、食べながら歩くとか注意されたものでした。
前者は勉強に集中できないとか、後者だとマナーが悪いとか。
特に学校での昼食事中は喋らないで食べろと言われて、あまりにまずい給食に向かい合い格闘するように食べたものです。
(あくまでも個人的感想ですが)。
その時、周りはお通夜のような静けさでした。
それにしても、六十年代の給食は鼻をつまんで飲んだ脱脂粉乳、アメリカの家畜専用のようなミルクがあったり、本当にまずかったのですが、静かなのが余計にまずく感じさせたかもしれません。
これもマナーの為なんでしょうが。

それはともかく、所謂よくないと言われていた”ながら作業”が、今では認知症の予防にいいとかでながら作業が取り入られているとは皮肉です。

運動しながら計算するとか、歌といながらを動かしたり、様々な”ながら運動”も行われています。
最初はうまくできないのですが、やってるとなれてきます。
これをいろんな組み合わせでやるのがいいのでしょう。
もちろん、大勢の場所でやるのもいいのですが、自分でも工夫することができます。
たとえば、水泳のターンの回数を数えながら泳ぐとかしりとりしながらウオーキングとかなんていうのも、簡単にできますし。

このように脳の機能の中で落ちてくるのは、いろんな行動を統合する作用です。
顔は覚えているんだけど、なかなか名前がでないというのも、衰えの一種で、前頭葉の機能の衰えです。
前頭葉の機能の一つに行動の計画をしたり、いろんな記憶を必要に応じて取り上げる機能があります。

運動でなくても、音楽とかも、両手を使ったり、声をだしたらい、様々複合運動なのでおすすめです。
音楽に関しては、子供の頃からピアノなどを習っていると、左右の運動をうまく統合するながら作業なので、脳の発達がいいとも言われるぐらいですから。
案外ながら作業が脳の発達をうながすかもしれないのです。
かえって今の時代、様々なことを同時にこなしていく力を身につける意味でも必要かもしれません。
ただし、歩きながらとか運転しながらのスマホとかいうのは論外ですけどね。

もっとも身近なら、食べながら喋るというのがいいですね。
もちろん、これは相手がいないとやれない、一人でやっているとちょっとぶきみですから。
そういう意味では誰か話し相手がいて、一緒にながら作業ができるのが一番いいんでしょう。

子供の頃、学校で賑やかな昼食を食べていたら、人生少し変わっていたかもしれません。




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by asakura_h | 2017-12-08 20:28