地域に開かれた病院。ひとりひとりに優しい病院。朝倉病院

 

医ごっそうのコラム茶や!


医療法人 仁泉会「朝倉病院」理事長の医ごっそうコラムです。
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医療はハードボイルド?やさしくなければやる資格がない
今年の医療介護障害者の同時改定から半年がたとうとしています。
二年前の前回の改定では、高度急性期、いわゆる救急病院がかなりきびしくなりました。
繰り返しになりますが、それまでの十五日の入院日数が十日、これをすぎると点数が下がるイコール収入が下がることになるので、つまりのところ、一ヶ月二回転の入退院が三回となり、現場が1.5倍の忙しさになったということでした。

このおかげで熊本では四つの救急病院が、熊本地震のおかげで三つになり、救急患者の受け入れが大丈夫かと心配されたところが、三つで十分機能したそうですから、すごいことでした。
ようするに一つは無駄だったということで、これが医療の適正化(効率化)なんですね。

今回は慢性期の病院に対して、介護医療病棟が介護医療院に転換という新たな在宅のサービスへと移行が目玉でしたが、もう一つが医療療養病棟が病棟であるためには、治療して施設や在宅へ返す医療をしないといけないということです。
これではっきりとした医療病棟と介護病棟の違いが鮮明になりました。

これも繰り返しになりますが、その為には、今までののんびりとした慢性期の医療病棟が、入退院が頻回になり亜急性化してきました。
職員もなれる為に大変です。
忙しい為に余裕もなくなってきたともありますが、これはわれわれだけでなく、医療全体に言えることなので、なんとか頑張っていくしかないことです。

勿論、いろいろメンタルな面、人員補給の面などでもフォローアップし、より持続可能がシステムまで試行錯誤していくしかないのですが、これがうまく定着できれば、長期に安定した体制ができると思っています。
まるでハードボイルドな世界みたいですが、まずは希望を持つことが大事ですね。
先には必ず報われる世界があるということを。

そんなハードボイルドということで思い出すのが、ハードボイルド小説家のレンモンド・チャンドラーの言葉、”タフでないと生きていけない、やさしくないと生きる資格がない”ですね。

どんなに大変でも医療福祉に携わる限り、やさしさや思いやりは絶対に欠かすことができないことです。
”やさしくないとやる資格がない”のではないかと思うくらいです。
同時にタフさも大事です。
ちょっとやそっとのことでめげないことです。
特に例え失敗しても、次の成功のエネルギーに変えるタフさが大事です。

実はオリジナルの朝倉ソングの”やさしさに出会えたなら”は、このやさしさの重要性を、またそれを春の曲にしたのは、春は出会いの季節、でも、本当に出会いたいのは、やさしさや思いやりじゃないかと思って作った曲です。
またタフさを歌ったのが、”毎日が雨”という曲です。
大変なことを雨にみたてて、その中でも大変な現状を肯定的にとらえる楽しむぐらいの柔軟な思考と広い視野がいるかなと思ったからです。
それも一人ではやはり難しい、誰かとつながっているとはじめて可能になるという歌です。

それを感じて、また曲も一度耳にしていただければ、幸いです。
ハード・ボイルドだけど、ハート(心)をボイルド(暖めて)してウオームハート(暖かい心)で。
えらいジャパーニーズ・イングリッシュで申し訳ないですが・・・・・・・。






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# by asakura_h | 2018-09-23 16:30
五十周年!五十年分の感謝送ります
当院もおかげさまで、9月10日に五十周年を迎えることができました。
結婚に例えると金婚式ですね。
当時十歳だった自分が還暦を迎えることを考えると、確かに長い時間だというのがわかります。

これも創業者の父、田辺裕丈をはじめとする多くの方が気づきあげた歴史があったわけで、中にはなくなった方も多くおられ、直接伝えることができませんんが、感謝を申し上げたいところです。

五十年前といえば、昭和43年です。
学生運動華やかしき頃、ちまたでは三億円事件があり、世界ではロバートケネデイやキング牧師の暗殺もあり、なんとなく不穏な感じでした。
JRも国鉄という名前で、蒸気機関車もとおっていたんですね。
最後の蒸気機関車ということで、朝倉病院の近くをとおる蒸気機関車の写真が残っています。

当時は高齢化社会を迎えるということで、老人専用の病院が全国にできはじめた頃で、当院も全国で一番最初というわけではありませんが、創業者が早くに問題を受け止め、開業にこぎつけたわけです。
それでも老人をみてどうするんだという批判もあったそうですから、今では超高齢社会で、高齢者をみないとやっていけないことを考えると、創業者の先見性には感心させられます。

そんな創業者の理念に基づき、当院も社会福祉法人を開設するなどいわばケアミックスとして高齢者の医療福祉に展開してきましたが、ここ十年ぐらいでしょうか、厚労省の必殺技、梯子外しもあり、新たなことには安易に手をださずに、もっぱら、作った仏像に魂をいれるがごとく、ハードからソフト、ソフトからハートへど、内部の充実、レベルアップにシフトしてきました。

その間にも聖域なき構造改革は進み、医療業界も例外でなくなり、経営面の効率化が求められることになりました。
いわゆる医療の適正化というのですが、確かに医療だから特別というのが許されなくなってきたのです。
その結果、高度急性病院や急性病院、回復期の亜急性病院、慢性期病院などと機能分化が進み、
病院であれば、本来の治療を中心にしなくてはならないということで、当院ものんびりとした慢性期病院から入退院が頻繁になる病院に変わってきました。
おかげで職員が大変忙しくなりましたが、本当に職員が頑張り、組織運営面、収支の面などで大幅な改善がみられました。

勿論これもまだ途上ですので、問題点はありますが、なんとか安定した基盤はできたように感じます。
その上、介護療養病棟が介護医療院という在宅に変わるなど、老人医療福祉の未来の視野もはっきりしてきましたので、これからはハード的に新たな一歩を踏み出す計画をしているところです。

”良質な慢性期医療なくしては日本の医療はなりたたない”というのは、慢性期医療協会の会長の武久先生の言葉ですが、その通り、今後も高度急性期、急性期、回復期、クリニックや施設の安心した受け入れ先として、朝倉、鴨部、春野などの地域の橋渡しとして地域包括ケアシステムの一翼を担うことができればと考えています。
よろしくお願いします。

関わった多くの方々、地域や利用者の方々に五十年分の感謝をこめて。


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# by asakura_h | 2018-09-16 17:10
四月も終わりて
四月は例年になく過ごしにくい月でしたと毎年のように言っているような気がしますが、さておいて。
確かに日差しが強いけど、冷たい風が混じり、朝晩が寒いわりには、昼間は暑い。
そうかと思えば、六月ばりの暑い日と、三月はじめのような寒い日が交互にきて、体調も崩しがちになりました。
六と三を足して二で割ると、四と二分の一でちょうどの天気になるんだけどなと思いながら、冬服も完全にしまうことのできない歯切れの悪い生活でしたね。

まるで分断した世界と同様に,気候よ、おまえまでもかという感じでしょうか?
そんな感じでようやく安定したかなと感じるのは連休にはいってからです。
街には観光客の姿が見られ、なんだかのんびりムードです。
そんな中、昨夜は女房と一緒に日航ホテルで立川志らくの落語をみました。
めちゃくりゃ笑ったという感じではなかったのですが、古典落語のきっちりとした語り口を堪能できました。

自分の知っている限り、落語は古典落語系と古典にとらわれない崩し系の二つの系統があって、崩し系の代表が”よしこさん”や”どうもすいません”で有名な初代林家三平。
古典落語の代表格は昭和三十年代一時期衰退しかけた落語を立て直した二代目志ん生ですね。
それを漫画にたとえると古典落語系が手塚治虫に代表するストーリー漫画系、崩し系が赤塚不二夫や藤子不二雄のギャグ系あるいは別名キャラがたっているキャラ系に相当するかもしれません。
その志ん生の古典落語に対抗するようにでたのが立川談志。
立川というとなんとなく崩し系の代表という感じなんですが、その一門の志らくが古典落語というのが面白いですね。
途中で志ん生の物まねもでましたが、声の感じが似ているので驚きました。

そのあと食事会もありましたが、志らくが登場して客席でも回ってくれるかと思いましたが、それもなくなんとなく寂しい気がしましたね。
食事はわりとおいしかったのですが。

それでもう少し盛り上がりたいので、その後にひろめ市場に行きましたが、いやあ、混んでいること。
すぐ日本人じゃないとわかる西洋系外人も結構見かけるのも驚きです。
やっと奥の一つのバルのカウンターに座って、ちょいのみ、これがまた雰囲気がいいんですね。
おかげで隣に座っていた東京と名古屋という遠距離カップルと一緒に飲むことになり、すっかりほろ酔い加減でした。
彼らも高知のよさを堪能してかえってもらえるといいですね。
県外客を接待したような気分でした。

帰ってからのニュースの一つは北朝鮮と韓国の融和ムード、南北の雪解けか?
それが本当なら、分断される世界のかすかな希望かもしれませんが、どうなることやら。
せめて天気だけでも分断されないように。

さあ、連休も後半戦?天気もよさそうなので、卯月(うづき、四月)が終わり、雨月(うづき、梅雨)までの一ヶ月近く、精一杯青空を楽しみましょう。



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# by asakura_h | 2018-04-30 13:36
多死多様社会を迎えて
今日で三月も終わりになります。
桜も満開ですが、一部には葉もでているので、来週にはその美しい姿も見納めになりそうです。
花の命は短いといいますが、同時にはかなさも感じるこの頃です。

というのも、三月の印象的なニュースの一つに、歌手の北島三郎さんの次男が五十一歳の年齢で、孤独死をしていたというのがあります。
次男と言われてもほとんど知らなかったのですが、ミュージシャンで北島三郎さんが歌う”おじゃる丸のテーマソング”を作詞作曲した方だったんですね。
自宅で見つかったのが、死亡から一週間たってのことで、原因は心不全のようですが、突然の致死性の不整脈か、ひどい心筋梗塞などが起きて突然死したのかもしれません。
年齢が近いだけに人ごととは思えませんでしたが、実はこんな話を聞くのは二回目です。

高校時代の同級生の一人に、バンド活動をやっていて、ミュージシャンになったHT君がいて、彼も実は自宅のアパートで突然死しているのを一週間後に発見されたようです。
聞いたのは最近ですが、亡くなったのは二、三年前のようです。
近く同窓会をやるという話で、幹事役の人が連絡をとろうとしたら家族の方から聞かされたそうです。
同じミュージシャンというのも奇遇で、しばらく誰も気がつかなかったことも共通しています。
勿論、年々孤独死は増えていて、五十代まで孤独死は全体の四割にもなるし、老人になるともっと増えるでしょう。
だからたまたまミュージシャンなのでしょうけどね。

それで彼のことを少し調べてみたら、あの”時には母のない子のように”で五十年前にヒットをとばした、カルメンマキのバックバンドをしていたようです。
中にはカルメンマキに夜間飛行という楽曲を提供して、シングルカットされてようで、カルメンマキのベストアルバムにものっています。
その曲はエレキギターをフィーチャーしたバラードでなかなかいい曲ですが、最近はどう活動していたんだろう?
ただこれは確認してないでの、なんとも言えませんが。

独身だったのかな?たまたまその時家族が不在だったのか?他にもいろいろ想像させられますが、この話を聞いた同級生の一人は寂しい最後だと言っていました。
確かにそうかもしれないけど、突然やってくる死自体に対しては、本人はそう感じる間もなかったんじゃないかな。

他にやることもあって、それを突然断ち切られたわけだから無念かもしれない。
でも、死とはそういうものだという気がします。
われわれの予定かどおかまいなし、何月何日に死にますからという冥土へのパスポートをくれるわけないですからね。
万が一そういう予定された死があれば、あるで怖いものでしょう。

ようするに、命なんていうのも、危ういバランスの上にたっているもんだから。
寝ていて地震が起きてそのまま天井の下敷きになって死ぬこともありえる話だし。
日常のグッズでさえ使い方次第では凶器にもなります、ちょっと使い方を間違えたら。
ホームを歩いていてそれこそ線路に転落なんてことも。

ちょっとしたことでこのバランスは崩れえるのです。
だから、聖書にも一日一日これが最後だと思って生活をしなさいというフレーズがあるし、日々を大切にしろよってことなんでしょうね。
死より前の状態が大事ということでしょう。
そう思うと、果たして自分の最後もどうなるかな?
まさに他人の死をみて、我が死を振り返るです。

何しろ2015年の時点で年間の日本の死亡者数が130万人、これがピークの2040年辺りには160万人を超えるそうで、いよいよ多死社会に突入していきます。
一方、葬儀の形も様々に変貌しています。
だいたい葬儀というと、お通夜、告別式のスタイルが基本で、喪主となる子供さんの仕事関係などで、参列者の多い、大きな葬式も多かったような気がします。
遺骨も先祖代々の家の墓地に入っていましたし、初七日とか四十九日とか、終わった後もいろいろと行事があって、ややこしかったものです。

それが今では高齢でなくなる人が多く、喪主も定年後の方も多く、仕事関係とかの参列も少なく、参列者の平均の数も減って、葬式の規模も縮小しているようですね。
家族だけで一晩過ごす、直葬というのも増えてきているとか。
また簡便に、お坊さんも低価格で出張してくれるサービスもあるそうです。
その上墓を守ってきた身内もおらず無縁墓も増えているようなので、自治体が共同で埋葬するようなところもでてきているようです。
さらに家によっては遺骨を置くスペースもないことから、散骨のサービスもあるのでそれを利用するとか、中には遺骨をダイヤモンドにして持っている人もいるとか。
それからお墓というと墓石ですが、最近では樹木を墓代わりに植えているところもあるようです。
なんて、こうやって列記していると、いろいろと変わってきたのがわかります。
さすがに初七日とかいうのは続きそうですが、死も多様化しているということなんでしょうね、
まさに多死多様社会の到来です。

どれを選ぶのか、個人の意思ですから、ここはじっくり考えたいところですが、そう言っている間に死が来るのもよくある話で、難しいところですね。
ただ慌てて墓穴を掘って浅はか(墓)だと言われないように、せめてしたいですね。







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# by asakura_h | 2018-03-31 09:49
何もかもサージ加減が大事なようで
健康で最近話題となっているのが、血圧サージと血糖値スパイクです。
血圧サージとは、突然血圧が180mmHgなどに上昇することをいいますが、血圧はちょっとしたことで上昇します。
どきどきしたり、運動したり、重いものをもったり、トイレで便がでにくくていきむことなど。
そんな血圧の小さい上昇でも、多く重なるとサージと呼ばれる急上昇になり、習慣的に続くと血管のダメージにつながり、脳卒中や心筋梗塞などの心疾患のリスクが高まるのです。

これが怖いのは、静かにしている時を規準に血圧は正常値が設定されているので、普段は血圧が正常なのに、こういう習慣の為にダメージが知らぬ間に蓄積されていることです。
ストレス、睡眠不足、喫煙、深酒、急な寒さ、月曜日など様々なことがあり、特に朝方、眠りのリラックス状態から起きるという活動状態、ちょうど副交感神経から交感神経にスイッチしやすい時に起こりやすくもあります。
だから寒い月曜日の朝、寝不足で喫煙したりすると、いっきにサージの可能性があるわけです。

血糖値スパイクは食後に血糖が急上昇することです。
ヘモグロビンA1Cという値や空腹時血糖を測定することが多いですが、中にはそれが正常値なのに食後だけ血糖値が上がる方がいます。
この値が上昇することをスパイクといいますが、血圧と同じようにいわばサージと考えてもいいですね。

このヘモグロビンA1Cは赤血球の中の酸素を運搬するヘモグロビンと血糖が合体したもので、血糖の濃度で値が変わり、血液の中に比較的長く存在するので、約二ヶ月前の血糖の平均値を反映しています。
これが有用なのは、外来で採血の日だけきちんと食事管理をして血糖が正常でも、これを測定すればきちんと血糖をコントロールされているのか?わかるからです。
もっとも血糖が怖いのは急激な上昇で血管を痛めるリスクが高くなるのです。
ですから二時間血糖や、ある程度の血糖を飲みどれくらい上昇するのか調べることも重要だと言われています。

ようするに何もかも急激な上昇などの急激な変化が危険だということですが、ほかにも上昇ばかりでなく急激な変化が多いような気がします。
まずこの三月の気候、四月なみの気温だったと思えば、昨日などは3度だったり、あまりにもの寒暖差に体調を崩しがちになります。
今日の気温も高くなりそうだとか、気温サージもいやですね。

また突然人を襲った、通り魔のような事件もときどき耳にします。
気象同様に人の気性もサージなのでしょうか?
ほかにもAIの進歩とか、北朝鮮とアメリカとの対話の話とか。
中にはいい変化もありますが、急激なことに適応するには大変なことは違いありませんね。

サージもほどほどに、料理と同じようにサージ(さじ)加減が大事です。



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# by asakura_h | 2018-03-22 06:52