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医ごっそうのコラム茶や!


医療法人 仁泉会「朝倉病院」理事長の医ごっそうコラムです。
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<   2017年 09月 ( 2 )   > この月の画像一覧
テレビダイヨリー ナチスがホロコーストの予行演習をしていた
百分DE名著という番組をNHK教育テレビで放送しています。
今回は全体主義の起源という本で、ドイツのヒトラーを代表する全体主義がどのように起こって、最終的にユダヤ人の大量虐殺、ホロコーストにいたったかを描いてました。

自分と違う他者を排除する、植民地政策を正当化する為に人種優位主義、はたまた植民地戦争に乗り遅れたドイツはそれをヨーロッパ大陸の植民地政策に応用され、その結果他国と衝突、第一次大戦の敗戦になり、民族として誇りを失われました。
そんな中、栄光のドイツを取り戻すと約束するヒトラー政権が選ばれ、すべての原因をユダヤ人に転化していくことが正当化される。

その過程で重要なのは、背景として、政治に関心を持つ市民による民主主義から政治に無関心な層を多くかかえる大衆主義になり、いわば考えない人々が養成されていく社会ができあがっていたことです。
政治的に無関心な層は自分達の耳に心地よい意見しか耳を貸さない為に、ヒトラーの言葉が魔法に感じたのです。
気が付いたら戦争、破滅だったわけで、ヒトラーというのは、突然変異で生じたのでなく、出現するべくしてでた、いわばその当時の歴史の集大成だったのです。

この他者の排除とか、自分達の耳に心地よい意見しかきかない等、現代と通じているのが恐ろしいことです。
そう言えば、昨年の七月に障害者施設で残酷な事件が起きましたが、その直後に同じくNHK教育で過去の番組から警鐘の為に放送された番組がありました。
それがまさにヒトラーがホロコーストをする前に予行練習として難病患者や障害者を組織的に抹殺していたという内容です。

ナチスはその頃の一番のメディアであるラジオを使って、障害者たちがいかに社会に負担をしいているかを宣伝し、大衆の支持を得て、全国の障害者や難病患者を数か所の焼却炉のある精神病院に収容して殺害したのです。
これにはドイツの精神科学会も協力しましたが、ドイツ教会の司祭がこのことに気が付いて、これらがいつかは我が身になって降りかかったしまうと、教会を通じて訴える活動して、民意を盛り立て、さすがにナチスは世間の批判に中止せざるを得なくなりましたが、実は精神科学会はそれを密かに継続していました。
やっと終了したのが、終戦後だということでした。

弱者というもの、いつ自分が弱者になるとも限りません。
健常というのは、たまたま健常であって、いつ事故や病気で障害を持つ側になるとも限らないです。
このことを無視したいたらいずれは自分達に振り返ってくるということはまさにそういうことなのでしょう。

勿論、社会通念や道徳はその時代に影響を受けることも多いでしょう。
社会全体が弱者排除になってしまったら、いつの間にか自分もそれに加担するとも限りません。
そう考えると、他者を認めるとか、弱者を助けるとか、そういうことを時代を超えた普遍的な原理として意識しておくことが重要なことかもしれません。

確かに忙しい生活の中で、ついつい見逃してしまう事柄が多いのですが、生活と時代に流されて、大事なことを見失わないよう、できるだけ考えるようにしたいものです。







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by asakura_h | 2017-09-30 16:16
一食集中
次第に秋らしくなるこの頃、秋と言えば、まず味覚の秋、食事ですね。
ただ、今より若い時は食事は質が先ですが、量もないとだめでした。
ところが、最近はダイエットのこともあり、限られた食事を楽しむことにしています。
おかげでよく味わって食べることができます。
一食一食かみしめるように香りや味を楽しみ、食感、のどごし感を確かめると、あの複雑な嚥下機能がこうして十分働いているという驚きや喜びも感じざるえないものです。

これって、人生の残された時間にも通じるかなと思います。
若い時はたくさんの時間があるので極端に言えば、はちゃめちゃなところもありますが、年をへればそんな時間は少なくなるので、時間そのものがいとおしくなる。
できるだけ、無駄なく、味わいたくなるものです。

たとえば知り合いの先生の中には残された年数が二十年だとして、一日三食、365×20×3で21900回しか食べれないので、一食一食をすごく大切にしていて、慎重に食事を選択している方もおります。
それは極端ですが、一食ごとに満足したいとは思いますね。

そう思っていたら、マインドフルネスという考えがありました。
人は黙っていても、無意識にも考えてしまいます。

以前、人はコミュニケーションの動物だから、無人島にいけば、言葉を忘れるんじゃないかと言った人がいましたが、一人になってもずっと自国語で考えるので、決して言葉を忘れることはないのです。

もちろん、考えるのは悪くないのですが、ついつい考えすぎて、不安になったり、過去のことをくよくよ考えすぎて、却ってストレスになるようです。
それが神経症やうつを引き起こしたりすることもあり、この脳の考えすぎからの解放がマンドフルネスで脳の疲労をとることにつながるそうです。
実際、治療としても用いられています。

考えないというのは、わかりにくいのですが、瞑想状態のことで、座禅と同じ心理状態になることです。
一切の雑念をすて、今生きていること、周りの空気感、音、においや自分の体内の感覚などに集中していくと、自然に脳がリラックスした状態になるようです。
別の言い方では思考中心から全感覚をとぎすますことにシフトしていくということです。
脳的に言えば、視覚の後頭葉と思考の前頭葉のいわば一極集中型から、全脳的に分散させる分散型にしふとしていくことかもしれません。
そうしていると、意外な視点から、普段見えなかったことが、見えたり、聞こえなかったことが、聞こえたり、感じなかったことが感じたりできるかもしれません。

食事は少量でも味わって食べる。
これがまたダイエットになるのでいいのです。
ただし、大勢の人と話しながら食べていると、そんな味わっている余裕はないですが、会話しながら味わうのもなんとかなれるものです。
却って会話を楽しみながら、食も味わう、これが醍醐味なのでしょう。
つまり脳は一極集中からの解放、食事は一食集中ですね。






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by asakura_h | 2017-09-21 07:29