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医ごっそうのコラム茶や!


医療法人 仁泉会「朝倉病院」理事長の医ごっそうコラムです。
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<   2014年 05月 ( 4 )   > この月の画像一覧
追悼・渡辺淳一先生
先日、作家の渡辺淳一先生が、前立腺癌で亡くなられました。

渡辺先生は、ダブル不倫小説の失楽園など、確かに性愛小説の巨匠ではありますが、個人的にはそれだけの作家ではないと感じています。

80年代、山田詠美氏の直木賞受賞の理由に、セックスが先に存在する愛を表現したうんぬんをあげられていましたが、当時は恐らくセックスと愛を切り離して考える、言わば肉体と精神は別物で、精神こそは崇高みたいな風潮があった気がします。

ところが、渡辺先生は精神と肉体は一体で、ともすれば精神も生理現象であることから出発され、その肉体に関して膨大な医学の知識が支え、今主流のEBM(Evidence-based medicine、根拠に基づく医学)ならぬEBN(novel、根拠に基づく小説)の先駆けだったのではと思えるからです。

だからこそ、人は性というものからは逃れられない、あまつさえ性は生や死とも絡み合うからこそ、男女の究極の性愛を表現することになったと思います。
その点が、素晴らしい描写力の元に、無意識的に読者には説得力を与えていた気がするのですが、どうでしょう?

だから、渡辺先生以前に、医者出身と言えば精神科からの作家が多かったのは、まさに文学が精神の延長線という象徴で、それが外科という肉体を相手にする分野からの転身というのも、ある意味では必然だったのでしょう。
渡辺先生の出現によって、文学は観念から開放され、はじめて“肉体”を持ったと言えるかもしれません。

そう思いながら6年前、当院の開院40周年記念に、“超高齢社会の生き方とは”という主旨で、渡辺先生に講演していただいた時のことを思い出しました。
おかげで大盛況に終わり感謝でしたが、面白いのはその後の宴席です。

そもそも講演会場から宴席会場までは、車で10分の距離、渡辺先生以外の講演者で、老年病の巨星である小澤元教授、土居前教授、松林京大教授のそうそうたる面々もそれぞれ車で送り、30分後に宴会を用意していましたが、なかなか渡辺先生だけが来ませんでした。

予定より15分遅れでやっと現れましたが、その理由を担当運転手に聞くと、先生の付き人から、「宴会は皆さんが渡辺先生を迎え入れる形にしてくれ」と言われ、10分で到着するところを無理やり遠回りして30分かけて来たとか。
思わず渡辺先生の付き人の気遣いには苦笑ですが、宴席での話は興味深いものでした。

寺島しのぶ主演で映画化された、小説“愛の流刑地”のベースは、実はアルベル・カミュの異邦人だといった裏話や、女性の方が身体は強く、男性の心臓を女性に移植した後、妊娠したら男性の心臓は持たないなど、これには小澤先生をはじめ、頷かれていました。

まさに巨匠逝く、それなのにこんな苦笑のエピソード披露は、少々失礼だったでしょうか?
失楽園ならぬ、失礼宴かな?合掌。
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by asakura_h | 2014-05-31 12:30
酒国(しゅこく)の目次録
四国の高知は、酒国の高知と言われるほど、お酒には目がない県です。
何しろ、高知に派遣された社員は飲む機会が多くて、ほとんどが肝臓を悪くして帰るなんて話もあるくらいです。

高知の結婚式は大宴会、新郎新婦の家族まで酔っ払い、最後の家族スピーチでは呂律が回らないこともよくあります。
赤岡町のどろめ祭りでは、浜辺で日本酒の早飲みバトルが行われ、何と女性の部もあるぐらいですから。

そんな酒バトルは大変ですが、適度に飲む宴会はいいですね。
ただ困るのは、“返杯(へんぱい)”という習慣です。
これは、酒を杯に注ぐと飲み干して、空の杯を返してくれるのですが、その杯に新たに酒が注がれ飲まないといけないのです。

失礼ですが、気になるのが相手の方が高齢の場合です。
唾液が粘くなるのか、飲み干され渡された杯に、粘っこい唾液が残っていることがあります。
時には、何かカスみたいな形で残ることがあって、変に拭くと気分を害しそうで嫌なので、我慢して飲まざるを得ないこともありますが、えぐいですね。

また、ディープな宴会には、お酒で盛り上がる高知独特の宴会芸があります。
その中で、三大お座敷遊びと言えば、箸拳(はしけん)、可杯(べくはい)、菊の花です。

箸拳とは2人が向き合って、お互いに3本の箸を隠し持ち、手で隠しながら目の前に出して、お互いの箸の数を当てる遊びです。
箸拳選手権もあるくらいですから、マニアがいます。

可杯は、天狗、ひょっとこ、おかめの形をした杯のことを言います。
この可杯の天狗は一番大きい杯で、鼻が長いので安定せず、そのまま持てば必ず中の酒がこぼれます。
おかめは小さい杯で下にも置けますが、ひょっとこは中くらいの大きさですが、穴が開いているので、手で穴を塞いで飲み干さない限り、一度酒を注がれると置けなくなってしまいます。
これらを、可杯の絵が描かれた駒を回して、倒れた軸の方にいる者が、その絵柄の可杯を飲み干すというお遊びです。

菊の花は、人数分の杯をお盆の上に逆さまにして置き、中に菊の花をひとつ入れ、全員で菊の花という歌を歌いながら、順番にひとつずつ杯を裏返し、菊の花が当たれば飲むことになるのですが、順番が後になるほど裏返された分の回数を飲まなければなりません。

つまり、最初に当たれば一杯で済みますが、最後に当たれば人数分の杯を飲むわけです。
結局、勝つのがいいのか、飲むのがいいのか、ということになりますが、当然呑兵衛には負けたが勝ちでしょうね。
ただし、本当の呑兵衛だと、遊びは少々まどろっこしいかもしれませんが。

それにしても、遊びも宴会時は面白いのですが、二日酔いは困ります。
たとえ二日酔いは避けても、その翌日に残ることもあります。
これはじゃあ、飲酒運転摘発ということにもなりかねませんから、翌日が休日じゃないと、なかなかできない遊びです。

酒(しゅ)に交われば赤くなる、のはいいですが、翌日は青くなるじゃあ困ります。
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by asakura_h | 2014-05-24 12:30
変質届け受付中
織田信長、豊臣秀吉、徳川家康と言えば、言わずと知れた戦国時代の英雄です。
信長がついた天下という餅を、秀吉がこねて家康が食べたと言われ、その理由は運や忍耐等、色々な説明がありますが、最後まで変質しなかったからじゃないかと思います。

信長は最初こそ、天下を取る目的に向かっていたと思いますが、いよいよ天下を自分の元に手繰り寄せた辺りから、自分を神と見立てて人をないがしろにし、理不尽な理由で人を追いやることも平気になります。
確かに、かつては能力で人を登用しましたが、晩年ほどにはないがしろにしなかったのでは?
だから明智光秀に裏切られた?

同じく秀吉も最初こそ、人を持ち上げ、場を明るくするその性格も、自身に子供が誕生した辺りから、ダークに変質します。
甥の一族郎党を皆殺しにして、秀頼のことを頼み込んだり、確かに老いたりと言えばそれまでですが、おかげで運は次第に徳川に移っていきます。

一方、家康は天下を取ったのが晩年ということもあり、時間がなかったのか、変質はしなかった。
様々な状況下での変化はあったでしょうが、自分の役割を認識し、最後まで遂行したように思えます。

確かに、人は変質から逃れられるのは難しいものです。
あれほど、若い頃、理想に燃えていても、いつの間にかその理想も、ただの利益追求に変わることもあります。

例えば、みんなの党の渡辺代表が、DHC会長から8億円を借りた話や、猪瀬知事が5000万円を徳洲会から借りた話もそうです。

渡辺代表も最初は公務員改革者でしたが、すっかり与党にすり寄り、公務員改革から変質したことが、DHC会長としては裏切りに思えて暴露に至ったのでは?

猪瀬知事の場合も、徳洲会内部で、最初は理想に燃えて、病院を建設した徳田虎雄氏も、病気のせいもあり、その理想から外れ、建てることが目的へと変質したから、内紛が起き、お金を貸したことが露呈してしまったのでは?

ただ、変化することはあります。
長寿企業、長寿番組などでも、実際は時代に合わせて多少変化するので、一見変化しないように見えますが、実は違っています。
ただ理念なり、その本質は変わらないので、変質はしていません。
変質すると、もはや元の企業や番組ではないですからね。

夫婦でも長年いると考え方も変わります。
歳や相手に応じて、多少の変化は必要ですが、変質は困惑でしょう。
あの中山美穂の離婚騒ぎでも、夫が女に変質したとか?
まあ、余計なお世話ですが。

そういう日本人も昔と比べ、変質したと言われています。
以前は美徳だった勤勉や、正直さが失われかけているのではないか?
もちろん、それが時代に対する変化のほうなのか?

明らかに変質だとしても、その方向がいいのか分かりませんが、せめて隣国や世界から裏切られないようにしたいものです。
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by asakura_h | 2014-05-17 09:00
日本長寿図鑑 生臭(なまぐさ)には注意
長寿でも、いつまでも元気な健康長寿が大事とばかりに、今や企業でも健康管理に積極的で、運動会花盛り、中には健康度をマイレージ化している所もあるそうですが、自治体も負けていません。
散歩用の楽しめる路地裏コースを作り、自然に運動と結び付ける等、いやはや日本の健康長寿桜は満開のようです。

これらは、遊び心で周囲を巻き込み、運動や食事などに関心を向ける点で、ついつい怠けがちになるのを上手く克服していますが、そんな長寿には、他にも色々あるそうです。

まず、風呂で長寿を保とうというのが、何と風呂(フロー)長寿です。
確かに寒い冬の風呂は、入り方で命を誤ることもありますから、お風呂は長寿のキーポイントかもしれませんね。

また、不良長寿というのもあります。
チョイ悪人生を楽しむことが長寿に繋がるらしいです。
恋愛も良いそうですが、一歩間違うと修羅場なので注意が必要です。

一方で少子化の為に、高齢でも働く方が多くなりましたが、これは、積年の技術や知識を生かせるし、生きがいを感じて元気になるそうです。
たとえ給料がなくても、地域デビューして子育て支援などの奉仕活動、略して奉活もありますね。
ずばり、不労長寿じゃなく就労長寿、終活もいいけど、まずは奉活長寿ということでしょうか?

中にはわらしベ長寿というのもあります。
これは言わずと知れたわらしべ長者、わらを元に他の物と交換し、最後は家と交換して金持ちになる昔話をもじったものでが、それには2種類あります。

観音様絡みの話では、恐らく背景に観音様に毎日お祈りする習慣があり、そういう奇跡が用意されたという、いわゆる小さな事の積み重ねが、結果的に大きな事を得た話しじゃないかと思います。

例えば、毎日の小さな習慣、ラジオ体操や200キロカロリーのおにぎり1個分の減量、食事の順番を野菜・肉・ごはんの順にするという小さい積み重ねが、金持ちという長寿になる。
要するに健康長寿のことです。

確かに、長寿に王道(近道)はないとも言えますが、今後はサプリメントのように簡単な栄養補給や、再生細胞の活用などにより、太らない薬というのも出てきそうですし、王道の誘惑も十分ありそうです。

しかし、安易に飛びつくのは危険です。
若い頃の心臓手術が、高齢では心不全を起こしやすい等、その時は良くても長期では弊害も出ます。
何しろ長寿の話です。
近道と回り道の両立が肝心でしょう。

ちなみに坊主と言えば、すでに人生に達観し、欲望も超越しているはずですが、中には欲にまみれた生臭(なまぐさ)坊主もいます。
それと同様に、適度な枯れ具合の長寿ならいいですが、生臭長寿は御免ですね。
出しゃばらず、主役は若い人で補助なら最高でしょう。

紫陽花は盛りを過ぎ、やや生枯れの状態も美しいそうです。
生はいいけど生臭いのはね・・・。
やっぱり生枯れですか?
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by asakura_h | 2014-05-02 17:00