地域に開かれた病院。ひとりひとりに優しい病院。朝倉病院

 

医ごっそうのコラム茶や!


医療法人 仁泉会「朝倉病院」理事長の医ごっそうコラムです。
by asakura_h
プロフィールを見る
画像一覧
検索
最新の記事
以前の記事
カテゴリ
最新のトラックバック
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
トップページ >> 理事長の医ごっそうコラム
asakura01.exblog.jp
トップ
    
<   2012年 03月 ( 2 )   > この月の画像一覧
○○神話の人々
正月に歴史小説家の加来耕三さんの講演を聞いたのですが、その時に日本人は間違った歴史を信じているというのを思い出しました。

日本人が大好きな忠臣蔵は、悪人、吉良上野介を退治した正義のヒーロー赤穂浪士の活躍のように描かれていますが、実際はただの侍のメンツの張り合いで、似たような討ち入り話がその前に長崎で起きていました。
幕府は討ち入りが分かっていたのに黙認したとか、それ以上に吉良の居場所を教えて討ち入りしやすくしたとか、つまり大きな流れでは、戦国時代の下剋上のような権力の移動が武士から商人に起きていたために、武士の存在感を示したかったということのようです。

要するに、単なる過去の出来事もその背景には大きな意味が隠れているわけで、私達はその表面的な一部分しか知らない、それが事実だと勘違いしている、表面ならまだいいけどそれ以上にドラマチックに脚色された部分を真実だと思い込んでいる人もいるようです。

例えば、坂本龍馬も単なる商人の平々凡々が、千葉流の剣士になってからいきなりスーパーマンのように変身し、歴史の表舞台に躍り出たかのように描かれていますが、実際は元から維新人脈に深く関わっているということ、その流れの中で、龍馬の活躍があるということです。

だから「龍馬は一日にしてならず」、凡人がいきなりスーパーマンになれるはずがないというような常識を磨かないとそれが見えてこない、歴史の真実が分からなくなるということですが、確かにそうかもしれません。

私達は物事をこうなって欲しいという目で見ている傾向があります。
その中でも、特に凡人が凄いことをやる、あのヒーロー突然出現パターンは魅力的ですからね。
ある意味でヒーロー神話といってもいいかもしれません。

私達は歴史を知っているのではなく、ヒーロー神話を知っているだけなんですね。
考えてみれば、そんな神話は他にもありますね。
よくある強いチームの不敗神話や、最近では原発の安全神話、原発は絶対安全で事故は起きない等、まさか?国別には日本神話というのもありますよ。

日本は毎年40兆円ぐらい借金していますが、何とかなるんじゃないか、ビートたけしの「横断歩道、皆で渡れば怖くない」という感じかもしれないですが、ひどいのはギリシャ神話。
なんと国民の4分の1が公務員で、身の丈以上の生活をして赤字を垂れ流し、財政も粉飾してEUに加盟、ユーロが暴落の危機でもギリシャ人は何とか助かると思っているとか・・・(確かに一時的な危機は乗り切れましたが)。

ただ、怖いのは私達が勝手に神話を作り上げてしまうことです。
何か確実なものにすがりたい気持ちがそうさせるのかもしれませんが、よく言う根拠なき自信も自己神話だし、神話もほどほどにですね。

ただ言い逃れの“保身は”(ほ・しんわ)本当に困りますが・・・。
[PR]
by asakura_h | 2012-03-31 09:00
死ぬって、どういうこと?
先日、突然母が亡くなりました。
そのせいか、何となく死ぬとはどうなることか考えてしまいます。

母は胸部動脈瘤破裂で、そのままスーっと意識が消えるように、別の言い方をすれば眠るように亡くなったそうです。
案外、眠るようにという表現が、真実を捉えているかもしれません。

以前、友人が突然の心室細動、いわゆる発作性の心室細動に見舞われ、意識をなくして倒れたことがありました。
心室細動はとても怖い不整脈です。

数年前には高円宮殿下がテニスをしているときに、また最近では太平サブロー・シローのシローが突然この不整脈に見舞われ命を落としました。
幸いにも友人の場合は、傍に医師の夫がいた為、すぐに救命処置を施して助かりました。
本当に助かって良かったものです。

後日、その友人に話を聞くチャンスがあり聞いてみると、まるで朝の眠りから起こされたように目を覚ましたそうです。
だが目の前には笑顔の夫がいる。
一瞬どうなったのか分からず夫に尋ねて、自分が起きた状況が呑み込めたそうです。
この眠りから覚めたような感じというのが、死とはどんな状態だったかを表しているような気がします。

確かに死とは身体的に機能せず滅びることですが、意識のレベルでは目が覚めない睡眠、つまり永眠なんですね。
昔、子供心に自分が死ぬことを想像してクラクラしたことがありました。
今考えているこの意識がどうなっていくのかを考えると、まるで迷宮に嵌り込んだように恐ろしくなってきたからです。

しかし、ただただずっと眠り続けるだけだと考えると少し気が休まります。
おそらく私達は、眠ることで毎日死を疑似体験、あるいは予行演習をしているのではないでしょうか?
そんなことを何かで読んだ記憶があります。
だとすれば、いつ永眠しても恥ずかしくない人生が送れていれば理想ですが、なかなかそうはできないのが普通の人間です。
もしそれを実践しているプロがいるとすれば宗教家なんでしょうね。
高いお布施も仕方ないですかね?

中には死後の世界とかを考える人がいるかもしれません。
今まではそんなの有り得ないと一笑に付していましたが、幽霊になりあの世にいるなんて、素敵なことじゃないかと思います。
そりゃそうです。
亡くなって人に会えるなんて嬉しいことですよ。
幽霊がいるなら出てきて欲しいくらいですが、見えない人には見えませんね。

最後に、異星人との交流を描いた「コンタクト」といSF映画にも素敵な考え方がありました。
死者とは、魂だけ存在している遥か宇宙の別の星で会えるということです。
本当かどうかは分かりませんが、私達の科学も万能ではないので、本当に宇宙がそんな構造になっていたら面白いですね。

そんなことを思いながら、ついつい星空を見上げてしまいました。
[PR]
by asakura_h | 2012-03-14 10:14