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医ごっそうのコラム茶や!


医療法人 仁泉会「朝倉病院」理事長の医ごっそうコラムです。
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なんでもありの生(なま)?
格安焼肉店での牛肉生ユッケによる食中毒事件、原因はO111という大腸菌ですが、最近は小学生でも生肉を食べるようですね。
生意気とは思いませんが、生うらやましいかも。

数十年前までは生で食物を食べるなんて日本ぐらいだったでしょう。
水でさえ危険なのに、外国で生で食べたらそれこそ腹痛、下痢、ひどい場合には亡くなったりするのが当たり前でした。

芸術の都パリでさえ、ナポレオン三世が新たに造り替える前までは、住宅街ではアパートの上から糞が落ちてくるのを避けるために、傘を差して通るのが当たり前だったし、ベルサイユ宮殿なんかトイレがありませんから、貴族たちも外で用を済ませて再び、飲み食い踊るという有様です。

それに比べると、同時期の江戸は糞もリサイクルして使うし、生水も飲める衛生都市でした。
だからこそ、寿司など生の海産物を食べるのが可能でしたが、そんな食文化見て当然のように外国人、特に欧米人は驚いたことでしょう。
何しろ悪魔と言われた蛸も生で食べるわけですからね。

その寿司はいまや世界のSUSHIです。
それだけ生を提供できる流通機構や保存技術が発達し、世界も人工的に綺麗になってきたということですが、その反動として生ものを味わいたいのは、人間の原点回帰でしょうか?
今も生が静かに長く流行してしるように思えます。
あるいは人間関係も、だんだんと表面的に希薄になっていく、昔のような生の人間関係の代用品でしょうか?

例えば音楽も、ガンガンに加工された曲からアコースティックな生のサウンドに人気があります。
CDで出来上がった曲よりも、コンサートでの生の声、少し音程がズレたり、息遣いは最高です。

そういえば、一時期は生足なんて流行りました。
ストッキングを穿いた造られた女性の足よりも、本来の女性の持つ生物的な美しさを求めていく。
女性の美に感じる艶かしさは生めかし、めかしは「~のように」という意味ですから、生のように感じること、それが本能的な女性の魅力なんでしょうかね。

また、最近人気があったのが生キャラメル、甘くて滑らかな味が最高でした。
他にも生ジュースや生キャンディー、生春巻き、名古屋名物のういろうに生ういろうもあります。
特に究極の生ビールは、去年の夏に東京で人気の出た氷点下に冷やしたものでしょう。

こうなれば、なんでもかんでも生ですかね。
恋愛や結婚も生で粋のいい生恋愛、生結婚、生さがなくなると途端に魅力がなくなりすぐ破局、離婚なんてことも。

さらには生医療、生福祉ですか?
常に新鮮でワクワクする、より親密な医療、介護、看護、リハビリのつもりなんですが・・・。
何でもありのままより、ありの生(なま)ですか?
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by asakura_h | 2011-05-27 17:19
信頼という契約
今回の焼肉店食中毒事件の発生後、確かにレストランで食事をする際に、時々想像することがあります。

仮に悪意を持った料理人が、唾を入れたり、少量の汚物を入れても気がつくだろうか?
勿論、そんなことをすればいずれ何らかの形で悪事が判明するだろうと思ったりしますが、巧妙に単発でやられたら分からないですね。

何しろ家庭の食事だって分かりませんよ。
よくサスペンスでは、妻が憎い夫をジワジワ殺す為に、コレステロールの高い食事を気付かないで食べさせられていたなんて、まさに何十年後に成就するという壮大な計画です。
あの和歌山毒入りカレー事件では、夫にヒ素入りの食事を食べさせ続けていて、症状が出るまで気付かなかったのは事実ですからね。

それだけ食事は無防備だということですが、では何故、安心して他人の作る食事を食べに行くのかと問われれば、“信頼という見えない契約”があるとしか言えないですね。
敢えて口に出してないけど、変なことはしないという信頼のもとに食べるわけです。

もし、誰も信頼できなくて、すべてを自分で用意できたなら凄いですよね。
焼肉をするなら、まずは牧場から作らないといけないので、まず子牛を買ってきて飼う。
それを何年か育てて殺し、肉を切り出してくる。
たれも作るし、コンロも用意して、炭や七輪、網・・・。
焼肉を食べる前に何か食べますね。
それに何だか食欲を失いそうです。

それが不可能なら、昔の殿様のように毒見役を雇うしかないですね。
何でも一口、毒見に食べてもらう。
ただし、毒の種類によっては数時間経たないと発症しないものもありますから、毒見後でもすぐには食べられませんよ。
案外、毒見役は毒に慣れていて実は大丈夫で、本人はダメだったという場合もあるかもしれません。

こうなったら自分で毒を判別する力を身につけることですね。
その為には長期間にわたり、訓練する必要があります。
あるいはどんな毒でも大丈夫な不死身な体を作るか?それは無理か?

だとすれば、信頼を高めるしかないのですが、実は信頼の証明が非常に危いんですね。
美味しければ、まず変な物は入ってないだろうとか、人気があって他の人が食べているから大丈夫だろうみたいな単なる思い込みですから。
しかし食欲には敵いません。
お腹が空けば少々のことは目をつぶります。

結局は、そのレストランや食堂のスタッフを知り、信頼関係を作り上げるしかないのかもしれません。
それでも、何か変なものを入れられたのなら、しょうがないですね。
親友に金を貸すのと同じことでしょう。
信頼して貸したのなら、返ってこない覚悟も必要ですから。

それにしても福島原発による作物の被爆は、本当に大丈夫なのかな。
まったく信頼が見えないのが怖い、見えない放射能ぐらい怖いです。
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by asakura_h | 2011-05-25 15:31
ちょっとコーヒー無礼考(ブレイク?)
僕は考えをまとめたり、下調べの為に本を読んだりするのに、時々喫茶店を使います。
あのコーヒーの香りと、店のインテリアやBGMが醸し出す雰囲気が、気持ちを和らげてくれるからなのですが、今は純な喫茶が少なく、スターバックスとかドトールを利用することが多いですね。

ただ、味も美味しく安いので利用しやすいせいか、時々込みあっているのが玉に瑕ですね。
そんな時には帯屋町にある「ポエム」という喫茶店を使います。
ここはプロの間でも評判のコーヒー店らしく、胃の調子がいい時には、ジョッキサイズのアイスコーヒーでしばらく過ごせます。
デザートのくるみのスコーンも美味しいですよ。

ところで、最近気がつくのは、中年男性のお一人様が増えたことです。
もちろん、自分も中年なのでその一人だろうと言われればそれまでですが、この場合は少し違って、自分より少し上の世代、60代の方と思われる男性を多く見かけます。
おそらく仕事を引退された方なのでしょうね。
大概、本などを読まれていますが、静かに高齢化が進行しているのを実感します。

それでも女性の一人客はあまり見かけません。
中年の女性連れや、母娘と思われる客も結構いて、男性とは大違いですね。
父と息子の連れ客がいたら、希少価値があって表彰したいくらいです。

これは、男性脳と女性脳の違い、特に女性のおしゃべり好きと関係しているような気がします。
女性は一日に、何千語かをしゃべらないといけないそうですから敵いません。
うちの女房を見ると、実家の母や妹、自分の母や子供の友達の母親など、常にしゃべる相手を見つけていますね。
だから、ウィル・スミス主演の映画「地球最後の男」で、滅亡した地球に残された唯一の人間は、絶対男じゃないと駄目で、「地球最後の女」は有り得ないのではないかと思ってしまいます。

そんなに話をして、よく話が尽きないものだと感心しますが、それが尽きないようです。
女性は海に例えられますが、まさに話の海を持っています。
このおしゃべりがあるので、女性が長生きじゃないかというのも思わず納得しそうです。
その一方で男性は、水道の蛇口みたいなものですね。

しかし、男性も別におしゃべりが嫌いなわけではないのです。
自分の興味があることにはそれこそ雄弁になります。
オタクの人たちは、その分野に関しては驚くべき知識を披露してくれます。
ある合コンに、長年女性と縁のなかった男性研究者が参加して、喜び勇んだのか、隣の女性に自分の研究内容をベラベラとしゃべりまくり、女性が思わず引いてしまったなんて例もあります。

つまり必要なとき、少なくとも自分から見て必要なときにしか、蛇口をひねってしゃべらない方が多いのでは?
結構、得手勝手なんですかね。
連れると、相手の都合にも合わさないといけないので疲れるのでしょうか?
その気持ち、よく分かるのが怖いですけどね。
そう思いながら、手元の本をまた1ページめくります。
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by asakura_h | 2011-05-18 18:40
何はともあれ八分目
よく腹八分目と言います。
成長期を除けば、食事を満腹になるまで取るよりは、もうちょっと食べたいというレベルで止めるのが長生きにつながるようです。
別に八分目の「八」に意味があるわけでなく、満腹の一歩手前という意味ですが、これは仕事でも同じようです。

プロ野球のピッチャーは毎回全力投球でやれば、1年間の長丁場を乗り切れません。
平均して9割ぐらいの力で十分だそうです。
それが高校野球だと、全力投球することが称えられます。
確かに成長期にはそれぐらい必要ですが、プロになると8、9割の力でやれるぐらいの技量が必要なのです。

だから食欲を始めとする欲望も、100パーセントでなくても八分目でやっていけるように体はできており、100パーセントはいざという時のための余力なんでしょうけど、一度100パーセントにハマるとなかなか脱却しにくいのが、欲望のやっかいなところですが・・・。

ところで、心の安心も八分目がいいと言う哲学者がいます。
一見何も心配ごとがなければ最高に思えますが、戦前の旧制高校の学生に流行したデカンショ節、(ちなみにデはデカルト、カンはカント、ショはショーペンハウエル)そのドイツの哲学者ショーペンハウエルに言わせると、“底荷のない船は不安定で、まっすぐに進まない”そうです。
つまり、一定量の心配や苦痛、苦労はいつも誰にも必要であるということです。
ただし、多過ぎると全く進めませんから、あくまでも一定量というのが大事です。

まあ、すごい心配を10としたら、日頃の心配ごとは2割くらいでしょうか?
安心の立場から見たら8割がたであり、これも安心八分目だと勝手に思っていますが、実はこのことは職場の課題にも当てはまる気がします。
ずばり心配事とは、その職場での課題です。

何の課題もない職場は、それこそ安定感のない船で、ただ単に日々の仕事に追われるだけになりそうですが、かといってあまりにも大きな課題を突きつけられると、仕事に抜かりが出そうです。
勿論、大きな課題でも航続距離が長い、つまり長期で見れば何とかなりますから、問題は日々適度な課題を、常に持ち続ける事が一番安定しているのではないでしょうか。

その適度な課題というのが、大概職場スタッフの技量に差がありますから、スタッフの技量の平均値になります。
よくできるスタッフにレベルを合わせると、他のスタッフがついてこれない、しかしできないスタッフに合わせると、いくら人が居ても足りないことになりますからね。
それに余力のあるスタッフがいる方が、救急への対応も可能になりますし、職場の雰囲気もよくなります。

ただし、平均値より少し上で多少ストレスがあった方がいい場合もあります。
若いスタッフが多い職場は特にそうでしょうね。
とにかくこなせる課題作りは、その職場力の証明ですね。
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by asakura_h | 2011-05-14 11:27