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医ごっそうのコラム茶や!


医療法人 仁泉会「朝倉病院」理事長の医ごっそうコラムです。
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来年は「寒」?
今年は”エン”という言葉が大変印象に残りましたが、12月はインフルエンザやノロウイルスの炎症による”炎”かと思いきや、いつも通りの忘年会など宴会の”宴”でした。
厭世的の”厭”じゃなかったのが、かすかな救いでしょうか?

先日は今年の漢字一文字、”暑”が発表されました。
2位に中国の”中”と、今年の夏の暑さと中国との外交問題が、印象に一番残っていることは分かるのですが、個人的には”エン”という言葉の中から”炎”が印象に残っています。

酷暑の夏は炎天下の”炎”でしたし、民主党は菅首相の消費税アップ発言や、中国やアメリカ、ロシアとの外交問題で炎上しました。
また、”炎”ではないのですが、気持ちが燃え上がったのはサッカーワールドカップ、冬季オリンピックの女子フィギュア、チリの落盤事故の救出報道、そういえば高知も坂本龍馬ブームで燃え上がりました。
さらに炎症を起こす微生物も大きな問題になりました。
春に宮崎県で口蹄疫、これから大きな問題の火種になりそうな多剤耐性菌の出現、鳥インフルエンザなど・・・。

そんな”炎”を象徴するような激しい寅年でしたが、来年はどうでしょうか?
最近急な寒波到来で、寒い年の暮れを迎えておりますが、もしかしたら早々に”寒”ですか?
政治を見れば、菅政権は炎上を通り越して、すっかり”寒”政権になり、何もかもフリーズしてしまって動かなくなるのではないかと心配されます。
おいおい、介護療養病床廃止の凍結はどうなっているんですか?早く法案を通してくれないと困ってしまうと思うのですが・・・。
そんなヤキモキを尻目に、党内で内紛をしている姿はまさに醜悪そのもの、凍りつくのはそんな姿を寒々と見ている国民ですかね。

そして、さらに寒いのは坂本龍馬ブームが去る高知県かもしれません。
今年は全国からリョーマー(龍馬ファン)が多くやってきました。
昭和43年のNHK大河ドラマ「龍馬がゆく」から「リョーマーが来る」への大転換でしたが、果たしてリョーマーが来ない1年をどのように対応するのか、本当の高知の力が試されるとともに、本当の龍馬人気が分かる、まさに正念場の年です。

そんな来年の干支はウサギです。
ウサギといえばピョンピョン跳ねるイメージがありますが、もっと特徴的なのは長い耳でしょう。
ピョンピョン跳ねる力を持っているだけに、跳ねる方向を間違えたら命取りです。
だからウサギの耳は長く、注意深く聞き耳を立てています。
もしかすると用心の年かもしれません。

”炎”から”寒”、激しい攻撃の”寅”から受身の”ウサギ”への転換ですから、なおさら見た目だけの報道ではなく、何が起きているのか注意深く聞き分ける年になるかもしれません。
凍りついた場所で滑らないためにも・・・。
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by asakura_h | 2010-12-29 16:30
日本列島改装論2
今年の日本の音楽シーンで最も売れたCDは、AKB48と嵐だそうです。
嵐のメンバーは分かるのですが、AKB48のメンバーはよく知りません。

AKB48の人気について思い出すのは、夏に千葉の幕張メッセで開かれた褥瘡学会に参加した時です。
駅から会場まで大勢の若い男の子たちの流れに混ざってしまい、フィギュア関係のイベントかと思ってメッセ内のある会場に入ったところ、何やらすごい熱気でした。
思わず近くのスタッフに何のイベントか尋ねると、AKB48だというので慌てて引き返そうとしましたが、一度入場すると会場を通り、出口から出てくださいと言われ、冗談じゃないと濁流のように押し寄せてくる若い男の子をかき分け、引き返したことがありました。
それにしてもすごい人気です。

関心のない人がAKB48を見れば、モーニング娘のメンバーチェンジだと思うかもしれません。
要するに女の子の集団ですから。
しかし、中のシステムは随分違うようです。
AKB48は元々、秋葉原の劇場でショーを開催、、気軽に出会えるアイドルとしてスタートし、A、K、Bと3つのグループに分かれ、CDを買うと握手券が入手できたり、人気投票でトップを決めたりと、その画期的なシステムを外国にも売り出そうとしているとか・・・。

確かにモーニング娘のリメイクで、そこに新たなシステムを作り出したのは新しい点ですが、こういうのも改装ではないかと思います。
たとえば、嵐はSMAPを改装したもの、今年の流行語大賞の「ゲゲゲ」も古いものを違った視点で作り上げた改装ではないでしょうか。
しかしこんな時代だからこそ、こういう改装が、新しい物を生み出す秘訣なのではないかと思います。
特にエンターテイメントには、まだまだたくさんのストックがあるでしょうから。

そう思うと、人材にしても、建物などハード面にしてもうまく改装すれば新しく生まれ変わります。
ただし、違った視点や意識、システムの改装をうまく使わないといけません。
だからといって、新しく構造物を建てたりすることを否定するわけではありません。
ただ世の中を、持っている者と持っていない者に分けると、圧倒的に多い持っていない者の生きる知恵かなと思うからです。
医学的に例えれば、再生医療という画期的な治療法ができるまでの慢性病とうまく付き合う方法と言ってもいいかもしれません。

もし、私がプロデューサーだったら各都道府県のミスを集めてJPN(ジャパン)47でも作ってみたいですね。
それで年末は討ち入りってどうでしょうか?赤穂浪士みたいに。
そんな話はゲゲゲの鬼太郎の映画、妖怪四七士と似ている?
これも改装ですから、いや、どちらかいうとパクリか・・・。
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by asakura_h | 2010-12-27 15:50
介護3D元年
介護士不足が懸念されるこの頃ですが、最近少し希望の光が見えたような気がします。

今年から、国の緊急雇用創出事業の一環である介護雇用プログラムのおかげで、介護福祉の専門学校に通いながら働ける介護士が誕生しました。
これは、失業・離職対策ですが、必要な分野への労働力転換という意味で、重要な政策だと思います。

何しろ少子化で働き手が少ない中、これから先の未来を考えると、今後も大胆な手を打たない限り、なかなか不足の解消にはならないでしょう。
ある施設は単独で、フィリピンまで出かけて介護士を確保することも行っています。
介護業界へシフトしている建築業者もあると聞きますが、大学卒の就職率が50%ぐらいですから、その一部でも介護職に就いてくれるよう何かいい手はないものか・・・。

思えばこれまで介護の仕事は、3K(きつい・汚い・給料が安い)というイメージでしたから、これを何とか解消すれば就職希望者が増えるような気もします。
そこで、昨年から3D映画、3Dテレビと流れがきましたから、介護の世界も3Kから3Dへとイメージを転換すればどうだろう?と名づけたのが、今年から始まる介護3D元年です。

その3Dとは、ダイナミック、ドラマチック、デライトの3つです。

まずは、ダイナミックの躍動感です。介護の世界も新たな介護用具の開発で変わってきます。
既にロボットスーツも実用化されており、主に患者さんが利用されていますが、介護者が身に着けられるようになったらどうでしょう。
まさにガンダムのような世界に感じます。
さらに、排泄の匂いを吸収するオムツや、拘縮予防器具とか開発されれば面白いと思います。

次に、ドラマチックといえば出会いの場ですから、そこには人間的な交流があり、別れの場面には心を動かされることが多いものです。
何しろ人生経験豊かなお年寄りの方の話に耳を傾けてみれば、また新たな発見もあることでしょう。

3つめのデライトは楽しみの意味です。
自分の持っているギターなどで施設の利用者を楽しませることもできます。
ダンスを披露しても、漫才をやってもいいものです。
また、お菓子作りが好きな方は、素敵な手作りのお菓子を提供するのもいいでしょう。
介護者が自分の得意技を利用して、楽しみを提供できるエンターテイメントの場だと思います。

もうひとつ、少しくだけた別の3Dを考えました。
それは、出会う、ドッキリ、大丈夫の3つです。
出会うとは、患者さんに出会う仕事だからです。
そしてドッキリは、そこに感動があること、最後に大丈夫は、大事な仕事であることと、これからは給料も改善されて大丈夫であるとのニュアンスも含んでいます。

いずれにしても介護の世界は奥深く、立体的に生き生きとした世界なんだと、是非認識し直していただきたいと思っています。

介護の世界へようこそ、特別な眼鏡は不要ですから・・・。
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by asakura_h | 2010-12-24 09:32
お年寄りの”元気”はあてにならない
こういう風にタイトルを書くと、お年寄りを揶揄しているように思われるかもしれませんが、決してそうではありません。
お年寄りは元気に見えても、慢性病を抱えていることが多く、突然亡くなることもあります。
元気だと安心して会わないでいると、亡くなった後で、こういう話をしておけばよかったなどと後悔することになります。
だから、出来る限り時間を作って会ったほうがいいという意味です。
いわゆる”親孝行したいときには親は無し”の別表現ですね。
これは大学の生理学研究室の先生が、お母様を亡くされた時にしみじみおっしゃっていた言葉です。

その先生は、付属高校の校長をされた後、大学教授になられましたが、大変話好きで、研究室員とファミレスで朝食を食べていたら、ついつい話が弾んで昼食となり、まだそのまま話をして夕食となり、結局帰ったのは夜遅くでした、という落語みたいなエピソードの持ち主で、とても尊敬できる先生でした。

この言葉をしばらく忘れていましたが、自分の親が次第に病との付き合いが多くなってくると思い出して、最近は時間を作って会うようにしています。
そうすると、その昔の時代、戦前の高知の風景、戦後の高度経済成長期時代という霊が親というイタコを通じて語られるように、いきいきと蘇り面白いことに気づきました。
結構、リアルな昔話は面白いですね。

今から25年ほど前になりますが、千葉の友人の家にお世話になったとき、その友人の父親からリアル昔話を聞いたことがあります。
それは、小学5年生の雪が降る朝、通学中に兵隊が辺りを警備するという物々しい雰囲気の中で、突然、学校が休校になったという話なのですが、実は日本を戦争へと突き動かしたクーデター、なんと昭和11年の2・26事件だったのです。
教科書に載るような歴史的事件を体験者から実際に聞くと、本当にあったんだという驚きと、その当時の空気に触れたような気になったことがありました。

だから今思えば、自分の祖父や祖母の話をもっと聞いておくべきだった・・・。
そうすれば、明治や大正時代の空気がいきいきと蘇ってたのではないかと思うと、とても残念な気がします。
これがきっと、先ほどの後悔なのでしょう。

最近、小津安二郎の東京物語という昔の映画を見ました。
年老いた両親が、尾道から東京の息子や娘たちに会いに来るという話なのですが、実の息子たちは仕事が忙しく会いに来た両親をかまってやれず、親切にしてくれたのは亡くなった次男の嫁だったのです。
両親が尾道へ帰ってすぐに母親が亡くなるのですが、葬式が終わると息子たちはさっさと東京に戻ってしまいます。
親子の断裂を描いた名作ですが、戦後まもない時代にも今と共通する問題があったのかと思うと、考えさせられます。

だからもし、親と話す話題がないというなら、親は歴史の目撃者だと思えば、また違って見えてくるのではないでしょうか。
ただし、時々お説教があって鬱陶しい時もありますが・・・。
それも振り返ればまたいい思い出ですね。
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by asakura_h | 2010-12-18 12:51
日本列島改装論1
日本列島改造論といえば、1970年代の田中角栄元首相が唱えた、日本国土の均衡な発展を目指した考えでした。
それから40年ばかり過ぎ、日本はグローバル化の波の中、急激な少子超高齢社会という人類が経験したことのない時代を迎えようとしています。
果たしてどういう風に生きていくのか?
出口のない森を彷徨うような毎日ですが、自分なりに考えることが少しあります。
それは、日本列島改装論です。

既に改造は終了、建築物などハード面はもう十分建ちましたし、ある程度、地方は均衡化されてきました。
そのつけなのか、これからは膨大な財政赤字の元に、新たなハードは限られる。
そうなると有り余ったハードをいかに有効に使うことが重要じゃないのか?ということになるのですが、ただそのまま使えばいいというわけではなく、そこに新たな価値を見出すように見方、意識、あるいは全体を統合するシステムを変えてみる。
いわば建物を改装、リモデリング、または新たにパッケージ化して使うことじゃないかと思います。

実はそのことはハードばかりではなく、人材、資源、はたまたエンターテイメントにまで広がるような気がします。
例えば、人材はこれからの生産人口の減少を考えると、外国人をたくさん受け入れないのなら、どの分野でも人手不足になるのは明らかで、医療介護の分野は特に深刻です。
介護士不足はよく知られていますが、医師も看護師も不足するかもしれない。
そうなると、ますますの高齢化社会、高齢者をどう看るのか?
リタイア組に登場願うしかないでしょう。
そればかりでなく、一億総介護士みたいな意識で、女性や若者にも参加してもらう。
この意識の変化が、建物でいうところの改装なわけです。

世界の人口も60億人あまりから、あと数十年後には90億人あまりへと増加する。
そうなってくると当然、食物や鉱物資源などの奪い合いになり、グローバル化進行の中、日本にまわってくるものは限られてくるかもしれません。
その時いかに、そういう意識を持ち、資源を有効に使うシステムを作り上げているのか?

日本の歴史を見ると、革命らしき革命はもちろんありません。
真の改造というのは実はなくて、ほとんどが改装ではないか?
その証拠に天皇を中心として国家は変わっていません。
ほとんどが首のすげかえでしょう?結構日本人は改装が得意なのではないかと思ったりします。

仮面ライダーには改造人間が出てきますが、人間の改造なんて無理でも、せめて改装人間くらいなら可能ではないしょうか?
ありのままの自分の中で考え方を変えたり、見方を変えたりして前向きに生きることなら・・・。
そう思うと、改装は新たな日本の再発見、また、身近な人や物の良さ、最後は自分自身の再発見につながるような気がします。

ちなみに「仮面ライダー対改装人間」って番組・・・
誰も見ないだろうな、きっと・・・。
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by asakura_h | 2010-12-14 09:28
これって病気?
当たり前だと思っていたことが、実は病気だったということがあります。
数年前までは、高齢になれば背中が曲がることは仕方ないように思われていましたが、あれは明らかに背骨の骨折が原因ですし、女性の便秘も仕方ないことだと諦めていたら、実は過敏性大腸炎なんてこともあります。
これはまさに、命を守る”医の知”の面目躍如ではないかと思いますが、さりとて、正反対のこともあります。

最近読んだ「何故うつ病が増えたか」という本は、その原因が製薬会社の新製品を売り出すためのキャンペーンで、結果的に病気を作ったのでないか、という話でした。
確かに、どんな人でも多少気持ちが落ち込んだり、それが数週間続くこともありますが、多くは自然に回復したりするものです。
そういう病気と感情の揺れの境目が曖昧なので、いたずらにこういうのがうつ病だと言われれば、気になって外来受診、うつ病と診断、そして投薬という構図で増えていくのも無理もないことです。

さらに新型うつ病が若者の間で流行っているという話がありました。
その症状は、自分の嫌いなことやればうつになり、逆に好きなことをしていれば大丈夫なようです。
これって病気?と思いましたが、ちょっとした言動で出社できなくなるほど傷つきやすく、さらに落ち込んだ状態が続けば、自殺より他人のせいにして、他人を傷つけるという厄介なもののようです。

治療法は、根本的に精神の成熟を待つしかないようで、病気という認識で対応することが必要なようですが、腫れ物に触れるような対応で本当にいいのでしょうか?
ジャングルにでも行って、自分で生きる体験でもしたら、変わるんじゃないかとふと思ってしまうのですが・・・。

というように、なんでも病気にするというのには抵抗感があります。
ちょっとした個性さえ、病気にされかねない危うさを感じるからです。
先日、精神科の医師の間では、あの長嶋茂雄氏も学習障害じゃないかと言われているという話を耳にしました。
あのキャラが障害ってしんどくない?

また最近話題の自閉症とよく似ていて、言語能力は普通以上あるアスペルガー症候群があります。
かの有名なアインシュタインも実はそうだったとか?
確かにどこか変わったところがないと、相対性理論のように宇宙観をも変革してしまうような、画期的な理論を構築することはできないでしょうけど、本当に症候群だったのでしょうか?

つい最近では、皇室の愛子さまもアスペルガー症候群ではないかという記事もありました。
そりゃあ、育った環境も違えば多少は感じ方も違うでしょうに、個性を勝手に病気扱いにするのは罪作りのような気がしますが・・・。

だとすれば、日本中、事なかれ主義の人が結構多いですよね。
それって臆病ってこと?これも病気?よく分からないですけど。
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by asakura_h | 2010-12-11 11:00
今年は(これで)エンですかね?
もう12月になりました。
今年の世相を現す漢字一文字を選ぶ時期になりましたが、個人的に印象深いのは、漢字ではなく”エン”という言葉です。

まず、最初の”エン”は何といっても”縁”です。
今年一番耳にしたのは円高の”円”なのですが、それよりも無縁社会というのが衝撃的でした。
引き取り手のない孤独死の方が、全国で約3万人もいるという話です。
究極の核家族化でしょうか?
さらに地域や職場でのつながりの希薄化が拍車をかけており、今後は高齢世帯や独居老人の増加、未婚者の増加による少子化の影響でますます懸念されています。
新たな社会のネットワーク構築が必要だと評論家は難しく言いますが、要するに、もうちょっと身近にいる人を大切にしたらいいのですが・・・。

次に、減少する”エン”といえば”煙”です。
タバコの害は散々指摘されていますが、今はチャンピックスという優れた薬によって、確実にタバコがやめられるいい時代になりました。
ただし、やめた後、いかに周囲に協力してもらえるかが鍵です。
もうひとつの減少する”エン”は”塩”です。
減塩社会も健康志向で進んでいます。

無くなる”エン”といえば”遠”です。
携帯電話が普及したおかげで、どんなに遠くても、どこに居ても近くにいるように話をすることが可能となりました。
もうひとつ無くなっているのは遠慮でしょうか。
もちろん、他人に気を遣うほうもありますが、目立つのは深謀遠慮のほうです。
深く、広く考えることが少なく、全てが目先の浅い考えが多くなったような気がします。

あと、足りない”エン”は”園”でしょう。
特に保育園の数が足りない。
今後は、保育士不足も心配されます。
子ども手当てよりこっちのほうが重要だと思いますが、もっと深謀遠慮して政策を決定してもらいたいものです。

一方で増えている”エン”は、怨恨の”怨”です。
最近、熱血弁護士が恨みを持った男に殺されるというニュースがありましたが、中年の方の暴力事件もあります。
もうひとつ増えているのは”艶”でしょうか。
雑誌もちょっと大衆的になると裸が増えます。
ネットにも溢れているようで、裸祭りばかりやっている印象です。
また、狂ったかどうか分かりませんが、人を襲ったのは”猿”という”エン”でした。
続いて、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)参加の話や、消費税問題、すべてこれも”延”です。
何もかも政治は先延ばしでした。

国外では援助の”援”です
チリの炭鉱落盤事故の救出、ハイチの地震に対する国際援助、まだまだ来年に向けて災害は続きそうです。

今年の夏は炎天下の”炎”でしたし、日本の外交はもう炎上していました。
不況のせいか、宴会の”宴”も減少しているような気がします。
これで”エン”の終わりかと思えば最後は隼の快挙、人類初のことをやってのけました。
これも日本の科学技術の円熟さを証明する”円”です。

結局、最後は”円”に戻り、”円”のようにまた来年も巡りめくるかもしれませんが、字数の都合でこれにて”エンド”です。
しかし、来年もこれでエンですかね。中にはご遠慮願いたいものもありますが・・・。
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by asakura_h | 2010-12-08 18:15
地震が一番怖い?
神戸に行くことがよくあるのですが、阪神大震災後の神戸は、街自体の復興はできたものの、経済的には震災前ほどには及ばず、不況が続いているようです。
地震の爪あとの経済的ダメージの大きさを今更ながら感じます。

五年程前に、いずれ南海大地震が高知で起きるということで思ったことがあります。
実際はもう既に大地震は起きている、それは土地に対するものではなく、価値に対してのいわば経済的大地震で、高知の経済は激しくぐらつき地盤沈下を起こし、各企業、家庭の台所は火の車で大火事になっている。
俗に言う不況ですが、なぜこれが敢えて大地震なのかというと、ただの不況ではなく、構造的不況だと思うからです。
つまり、地盤沈下が起きて、地形が変わっているにもかかわらず、従来の住宅を建てようとしてもうまくいかないのです。

幾分、火事も鎮火されているところもあるようですが、まだはっきりとした復興が見えない中です。
今年は何とか、坂本龍馬ブームで救済の手が少し差し伸べられているという感じでしょうか?それでも日照りのひと雨ぐらいでしょう。
高知への観光は安いパックツアーで来られたり、財布の紐も固かったりと、思ったほど利益は少なく、ホテルやショップの関係者は満面の笑顔とはいかないようです。

こんな状態で本当の大地震が起きたらどうなってしまうのか?なんて思います。
台風と同様に、地震で建築需要が増えるのではないかという暴論もありますが、すべて壊滅してしまったら、施工する地元の建築業者も機能不全になるわけですから、建築需要もクソもありません。

その一方で気になるのは、やたら地震、地震と不安を煽り立てられることです。
不安を煽り立てられ、浮き足立つことで、地震対策詐欺が起きかねません。
何しろ官僚がミスを恐れるための余計な仕事に、マスコミなどのヒステリック商業主義が乗っかるとロクなことはないですから・・・。
せめて、地震の前くらいは平静を保ちたいものです。

また、切に願うことは、今後、正確な地震の時期や規模が特定がなされ、安心できる避難計画が出来上がることです。
仮に自宅や職場がどんな安全な場所にあったとしても、地震が起きたときには、どこにいるのか分からないわけですから。
そして市内一帯、いや県下全域が安心避難パークになれば最高でしょう。
それが可能なら、地震安全県高知として売り込むのはどうでしょう?難しいか・・・。

しかし、反対に安心しきるのも困ったもので、色んな地震対策の会合で、「大丈夫、大丈夫」と変に落ち着きはらって、やけに自信満々に対策について熱弁をふるっている人もいます。
どこからその自信はくるのでしょうか?ふと、そう思います。
そんなあなたの”自信”が一番怖い。
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by asakura_h | 2010-12-04 09:32