地域に開かれた病院。ひとりひとりに優しい病院。朝倉病院

 

医ごっそうのコラム茶や!


医療法人 仁泉会「朝倉病院」理事長の医ごっそうコラムです。
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カテゴリ:コラム( 19 )
あけましても、おめでたくないこの頃
いよいよ梅雨もあけて、夏空いっぱいとなる季節。
一年の約半分、七月はまさに夏のお正月。
というのも、夏の暑さと雨の季節がだぶるので、まさにお暑(しょ)雨(う)月(がつ)ですが、残念ながら(梅雨が)あけましておめでとうとならないのがこの頃。

何しろ、暑さが半端ないですね。
今年はエルニーショかラニーニョかで暑い夏だとか。
特に台風の発生が遅いのは二番目で、一番遅い時は台風に日本上陸の数が多かったというから、なにやら先まで思いやられそうです。

それにしてもこの暑さ。
熱中症シーズン全開で、水を求める人も多いでしょうが、もっぱら忘れないようにと盛んに宣伝されているのが、塩分補給のようで、コンビニあたりでも塩分製品のオンパレードです。
実際、お酒を飲んだ翌朝の水分補給も、ただの水よりも味噌汁の方がいいようで、試してみると、熱い味噌汁が結構おいしく感じます。
中には塩をポケットに忍ばせている方もいるようですね。
少々の高血圧の方でもこの暑さだと、塩分不足を心配した方がいいようです。
おかげで夜のカクテルでも塩犬(しおいぬ)を頼んでしまいましたよ。
塩犬とはソルテイードッグのことですが。

しかし、夏入り後の大騒ぎはポケモンゴーという現実とネット世界が混在したバーチャルゲーム。
おかげでスマホ歩きの増加とか、街中でも勝手にぶつかってくる人もいるかもしれないでの、こちらが気をつけないといけないとはやれやれですね。
自分の目の前ぐらいは責任を持ってもらいたいものです。
せめて現実を向いて歩こうよ。

それでもポケモンゴーぐらいでがたがた言っているうちはまだ幸せかもしれませんね。
アメリカでは白人警官の黒人に対する暴力が原因で不穏の雰囲気。
その中で対立を利用するか、煽るようなトランプが共和党の候補に選ばれました。
果たして彼はジョーカーなのか?エースなのか?

フランスでもドイツでもテロがおきました。
今後のことを考えると、フランスはますます仏騒(ぶっそう)になりそうですね。
独逸(ドイツ)も独りごとではすみません。
トルコではクーデター未遂で、これで独裁傾向が強まるとか?

確か先月はバングラデシュのテロで日本人が標的にされました。
フライデーという雑誌には痛ましい残酷な処刑後の写真が掲載されていました。
背後に日本が有志連合の一員だから狙われたということですが、案外、わずかな富裕層が世界の富の半分を牛耳っているという現実から、日本人イコール金持ちのイメージで狙われたとしたら、いやな流れです。

そう考えると、確かに異様な殺人事件も増えつつある日本ですが、まだ平和なんでしょう。
暑さぐらい、なんだと思ってしまいました。
でも、やはり暑さ、十分気をつけましょう。
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by asakura_h | 2016-07-24 15:37 | コラム
大学病院のABC
前回に続いて、神経内科が自立したことから大学医学部の医局について一言ですが、やはり大学の医局が地方医療の中核だとますます感じるこの頃です。
同じ規模の島根県と比較して、高知県に神経内科医の数が半分ぐらいなのも医局のスタッフの数ですから。

医局は地方経済に例えれば銀行の役割だと思います。
お金の流やビジネスの情報を提供する銀行と同様に、大学の医局も人材と医学の知識や情報を提供する。
いわばポンプのようにそれらを循環させる役割ですね。

今までは”医局つぶしの時代”があり、へき地の病院に医師が派遣できないという、いわば地方の医療の危機がありました。
この医局つぶしは話によると、ILO(国際労働機関)が日本の医局制度が奴隷制度に近いと、勧告があったからだと聞きます。
確かに本人の意向を無視して、派遣や長時間労働させることが当たり前でしたからね。
自分も入局の時に当時の医局長からは”君たちは奴隷です”と言われたので、半分冗談のように聞こえましたが、半分は事実を表していたんでしょう。
とくかく雑用も多かった。
よく冗談で、一年目でうまくなったのは、記録した心電図をきれいに別紙に張って整えるぐらいだなんていうくらいですから。

それでもまだ自分達の時代は多少改善された方でした。
まだ給料はわずかながらでましたから。
六十年代後半の学生運動の発端が、研修医(新人医師)の無給長時間労働ことを考えるとですね。

この”医局つぶし”は厚生労働省の意向ですが、厚生労働省は旧厚生省と旧労働省の合併です。
ILOの意向にそい、旧労働省の役人が動き、ちょうど合併後、交代で事務次官を出し合っていたので、旧労働省側が事務次官の時のようです。
これ以降、大学に縛られない働き方の医師が増えています。

おかげで随分と医局制度もかわり、比較的本人の意向を尊重しながら医局の派遣もされているようです。
他の病院にスタッフをとられないように、雑用を減らして、勉強できるようになっているようです。

そんな新しい医局時代、これから大学病院にはABCが必要かなと思っています。
Aはアカデミック(学問的)という意味ですね。
Bはビジネス、やはりビジネス的感覚が必要でしょう。
厚労省もまた聞きですが、これからは病院も保険に頼らず、もうけるところが自分達でもうけてくれという意見があったそうです。
おそらく文科省もそうでしょう。
事業展開している大学も増えてきています。
どうやら官僚側も変わってきているんですね。

ですからAとBがC(コンビネーション、コラボレーション)することが、それがABC。
そこに新たな大学病院像があるような気がします。
是非、医局には、スタッフが集まり、人材、知識や技術を地域に回して、連携やレベルアップの要になってほしいと期待しているところです。

(参考)
他にCとはクリニカル・メデイスン(臨床)、Dとはドウ・リサーチ(すこし格式ばった言い方の研究)、Eとはエドウケイション(教育)なのでAからEという言い方もありますけどね。
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by asakura_h | 2016-07-23 17:40 | コラム
ペイシェント・ファースト?どういう意味か?
先週の土曜日にはお祝いがあり、参加してきました。
そのお祝いというのが、高知大学医学部の老年病学という教室から、神経内科という、主に脳梗塞、認知症やパーキンソン病などの神経のハードウェアの障害(ソフトウェア障害が精神科)を見るグループが一本立ちをする会だったのです。
それまで神経内とというと、心臓疾患を中心とする循環器、アンパンで有名な香北町で、高齢者のフ調査を中心に行う老年病科の中にあり、あまり目だたない存在でした。
何しろ医局員の数が少ないですから。

もともと神経内科というと、難病が多くて治らない。
神経がごっちゃごっちゃして、とっつきにくいイメージが学生にはあります。
反対に心臓だとシンプルなんですね。

だからというか、そもそも循環器と神経内科の医師というのも、キャラ的に水と油でした。
循環器は速さが勝負ですから、全体が一つのチームとなり対応します。
いわば体育会系、内科の中でも外科に近いかもしれません。
神経内科は脳卒中のような救急系となれば違いますが、疾患の変化がゆったりしていることが多いですから、比較的に静かで、熟慮タイプが多いかもしれません。

その二つが一つの教室にあったということは、珍しいかもしれませんが、この教室の創始者の小沢先生の力です。
今から三十年程までしょうか、医学部ができる時に最初は第四内科という話もあったそうですが、四では縁起が悪いのでそれは却下となり、老人先進県であり香北町の研究があったので老年病科としたそうです。
専門として小沢先生は循環器だったので、必然的に循環器が中心となったのですが、途中でこれから老年病は神経が重要になると考えて、神経内科を新たにはじめたというわけです。

ただ、当時は物理的に隣の精神科の中にも神経内科がありました。
これは西日本の大学病院に多いパターンなんですが、脳外科以外の神経系はハードもソフトもまとめて精神科でひっくるめて精神科でまとめられていました。
ですから、老年病科と精神科に神経内科が分かれていましたが、これからは一つになるということです。

それにしても自分が研修医として医局に入局したのが、二十五年ほど前、やっと平成になった頃です。
その頃は神経内科の担当の松林先生がネパールにいってしばらく不在のまま入局したことを覚えています。
おかげで循環器科をしらばく勉強できましたが、体育会系なのでハードでした。

循環器科は土居前教授が講師をやられていて、”ペイシェント・ファースト”がキャッチフレーズでした。
”ファースト”は第一という意味でわかるんですが、問題がその前の単語の意味がわからなかったんです。
ところが、われわれ新人歓迎会の席に土居先生が”君たち(研修医)は奴隷です”と本気か冗談かわかならないフレーズを口した途端に意味がわかりました。

なるほど”ペイシェント・ファースト”ということは、”ビー・ペイシェント・ファースト(まずは我慢しろ)”という意味なんだと。
ようするにペイシェントには、形容詞の”忍耐強い”という意味と名詞の”患者”という意味があり、わかりにくかったのが、その言葉ではっきりしたと感じたからです。
でも、本当は”患者優先”という意味、名詞の前に”一人の”を意味する冠詞のアをつけて”ア・ペイシェント・ファースト”のようですね。
まあ、大学病院ですから、常識的にはそうとるのが当たり前なんでしょうが、ペイシェントの前が”ビーBE"でなく”エイA"だったというおちですが・・・・・・・。

それはともかく、自分としては、循環器だけでなく、神経内科があり、なんとかやっていけたかなという思いがあり、松林先生には感謝しているところでです。
これからは確かに高齢者がふえてくるにしたがって、神経系の患者は増えているのが確かです。
是非、新しい教授古谷先生、スタッフの大崎先生、森田先生等を中心に、高知県の神経内科のネットワークができることを祈っています。
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by asakura_h | 2016-07-20 13:40 | コラム
明日選挙にな~る
先月のイギリス(UK)のEU離脱か残留かの国民投票は、離脱に終わりました。
若年層と知識階級の多くは、残留を希望したそうですが、中高年層や労働者階層で離脱が多く、特に離脱キャンペーンにうまく乗せられた人達も結構いて、言い換えると、よく考えないで投票したあげくにこうなった面もあるようですね。
確かに伝統的にイギリスはヨーロッパ大陸とは違うというスタンスがあり、イギリス連邦内でうまくやれると考えている人たちもいるようなので、そういう人達はいいでしょうけど、なんとなく煽られて、ムードで投票したなんていうと、国民投票もいい加減ですね。
ただでさえ若い人達の中にはお年寄りに未来を決められたという不満が満載というのに。

さらにキャンペーンでは嘘の情報もあり、騙されたからもう一回投票をやり直せなんて、これが民主主義発祥の国とは、おそ松(お粗末)さんです。
だいたい、民主主義というのは、市民による投票、この市民とはきちんとした見識をもった人のことだ高校の教科書や参考書に書いてあったような気がしますが、そういう意味では、市民どころか、自分の感情に正直に従った”私民”だったのかもしれませんね。
民主主義というより、内容を”よくみん(よくみない)主主義”だったのかも?

今後はイギリス内のスコットランドや北アイルランドは残留希望だから、イギリス分裂の引き金になるかもしれない。
そうなると、名前もUKからただのイングラドになり、イギリスの国家の地位はますます低下していくばかりで、それこそOKじゃなく、KO(ノックアウト)では笑えません。
ヨーロッパという大邸宅の玄関だったはずが、いつの間にか隣の掘っ立て小屋なんてね。

しかし、、同じ島国で笑えないのは日本も同様かもしれませんね。
明日は参議院選挙なんですが、高知県は徳島県との合区ということもあって、今回は徳島からの立候補者が中心なので、すっかり盛り下がってます。
メデイアも東京都知事選挙の方に関心がむいてしまって、ますます与党側としては願ってもない感じですね。
何しろ、今回は三分の二を与党勢力が獲得すると、憲法改正への国民投票、いよいよ表だってアメリカ連合国軍のお手伝いができることになります。
そうでなくても、憲法は解釈でどうでもなる有名無実化していることもあるし、すでに有志連合の一員とイスラム勢力からはみられていて、バングラデシュでもテロがあり、日本人が被害にあいましたけどね。

もっとも巷では憲法改正の現実に関心を寄せる人が増えているそうです。
それでも日常会話で憲法の話をだしたら、まだ一気にしらけそうな空気はありますね。
自分が気になるのは、第九条の問題もあるけど、自民党案が、本来の国家をしばるはずの憲法が、国民生活をしばることになる可能性が高いということでしょう。
だから関心をもたないといけない気がします。

それにしても困ったのは選挙ですね。
与党野党、どっちがいいのか?
経済面でアベノミックスには否定的ではないですが、第三の矢の成長戦略に疑問があるし、まだ中途半端という気します。
本来なら福祉や医療で国民を安心させ、減税をしてお金を使うようにして、経済をうまく回転させてほしいだけですが、なんとなくちぐはぐなです。
特に経済を隠れ蓑したやり方は、不信をいだかせるだけです。
ただ野党にまかせてうまくいくのかというと、疑問も大いにありますしね。
選びようがない。

梅雨もなかなか晴れないけど、心の梅雨はもっと晴れないかもしれないですね。
明日天気にな~れ。
それどころか、軒先にはてるてる坊主じゃなく、世界中をテロを目的としてテロテロボーイが踊っている。
何となく嫌なこの頃の世の中だな。
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by asakura_h | 2016-07-09 11:15 | コラム
これからのE(イー)こと
自分という人間は、ものぐさにできているようです。
一度ブログを書かなくなると、まるで機械が錆びるように書かなくなるという。
書くって勢いがいるんでしょうね。
おかげではや一年も過ぎました。

それにしても、この一年の間にも様々なニュースがありました。
わが業界のことで言えば、いよいよ介護療養病床が二年後に廃止ということで、これからの対策がいそがれています。
遅くても今年の12月までには具体的な転換プランを出す必要があるでしょう。
特に消費税も上がらなかったので、ますます診療や介護報酬への締め付けがきびしくなりそうです。

また視野を広くすれば、熊本の地震とか、あるいはフランス、ベルギー、アメリカ、トルコでのテロとか、もっともホットな話題だとイギリスのEU離脱ですか?
おかげで株価が下落、円高にふれたとか、とかいいながらあまり日常生活に関わりがないような感じですが、いずれじわじわ何等かの形でボデイブローのように効いてくるんでしょうね。
今の世界に不満と不安はつきません。
もっともこの不安と不満がなくなることがないでしょう。
不眠と同じで、眠ろうとすれば、なかなか眠れないように、不安や不満を無くしたいと思ってもますます不安と不満になるだけのような気がします。

つまり不満とか不安を前提に生活していくことですか?
よく不安をファン(FUN 楽しみ)にする、あるいは不安のフアンになればとか、いいますが、確かに不安を好意的にとらえることも一つです。
また不満と聞いて、HUMANと書く、その心はそれが人間というものだからなんて、つまり不満があるのが人間ということ、まあ、こんなくだらないことは日本語じゃないと言えませんが。

そんな不安や不満の世界でも、これからの重要なキーワードを考えてみれば、不思議と英語でEで始まる言葉が多いなと思いました。
名づけて”E(イー)言葉”、略して”E(イー)こと”、少し並べてみました。
まずはECO、これはわかりますね。
エコロジーだったら環境を守る、温暖化防止ですからね。
エコノミックスだったら、経済、あるいみでは節約や効率にもつながりますね。
環境保全や経営感覚なしにはこれからは活動できません。

さらにモラル、これでEで始まるなら、ETHICS(道徳)なんでしょうね。
ある意味ではロボットや再生医療などのテクノロジーの発達で、より人間がしっかりとした心の拠り所として持つ必要があるかもしれません。
ただあまりに道徳的になりすぎるのも危険な気がしますけどね。

そういう倫理と言えば、昔受けた倫理の授業。
つまらなかったけれどやはり教育は大事でしょう。
ただ日本語の教育より、英語のEDUCATIONは相手の能力をいかに引き出すということですから、こちらのほうに魅力を感じます。

EメールのEはエレクトロニック、他にスポーツもネット上のEスポーツや教育もEラーニングが人気だとか、なんだか、リアルが全部E(あるいはデジタルのD)に置き換わってきそうですね。
EVIDENCE、証拠というか、いろんなことが客観的な結果をもとに判断されることが重要です。
医学の世界も今では、MBE、つまりMEDICINE BASED ON EVIDEVCE(根拠に基づく医学)です。
でも、こんなことは当たり前で、いまさら新鮮味はないですけどね。

最近は死ぬまでセックスという週刊誌の記事もすごいです。
人生の終焉までエロ(ERO)ですか?
ようするに人生を最後までENJOYということでしょう。
なるほど、なんだかんだ言いながら、これが一番大事かもしれません。
不満や不安までもエンジョイしたらどうでしょうか?

他にE(イー)ことありますかね?
勿論E以外にも重要なキーワードはあるでしょうよ。
世の中、いい(E)ことばかりではないですから。
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by asakura_h | 2016-07-01 16:04 | コラム
まずは地診地療
小学生の頃、円谷プロによるテレビ番組ウルトラQが大人気でした。
自然のバランスが崩れて、怪獣が出現するという内容で、怪獣ブームの火付け役になりましたが、残念ながらリアルタイムで高知では放送されませんでした。

当時高知では民放が日本テレビ系列しかなくTBS系列のウルトラQの放送は不可能だったのです。
テレビで見たのは、一年ぐらい後の再放送だと記憶しています。

今思えば、自然のアンバランスより放送局の偏在という社会のアンバランスのほうが切実だったと改めて思い返す次第です。
幸いに社会のバランスが崩れても怪獣はでてきませんが、怒りやため息がます。さしずめ妖怪や幽霊でもでたら、ウルトラオバQでしょうか?

そんな今の社会のアンバランスの一つが、本来競争が必要でないところに競争を持ち込み、競争が必要なところに全く競争がないことです。前者の例が医療介護の分野です。
ただ、全く競争が不要というわけではありません。
確かに効率化や、ある水準以上のレベルを保つことは必要ですが、それを競争に任せるのはおかしいのではないでしょうか。
競争の為の規制緩和が、ドクターの地域による偏在を生み、地域医療の崩壊が起き、特に専門医の偏りは産婦人科小児科の減少に顕著です。
これらのことは、何でも自由にさせずにきちんと国が計画性を持って指導管理すべきことです。

その一方で、農業は手厚く守られています。
最近、地産地消という言葉を耳にします。地元でとれた作物などを地元で消費することでエコになると盛んに推奨されているようですが、長い目で見てどうでしょう?
所得の低い高知県では値段を下げざるをえなくて、利益も小さくなる。
結局のところ、次第に経済規模が縮小していくような気がします。
反対に利益を見込める地産外商のほうが、競争をへてよりいい作物をつくりだすことにもつながりメリットが多いのではないでしょうか?
もちろんリスクがありますから、場合によっては農家が互いに連携し一体となって取り組むとか、いろいろ考えないといけませんが、まずは外商ありきだと思います。
その上で地産地消よりも先にやるべきことがあります。

それは安心して暮らせる地域社会の構築です。
それがあるからお金も使うようになってはじめて経済的なメリットが生まれます。
そんな地域社会の安心の基は、地域にいて、安心して診察が受けられ、治療・療養ができる、地域完結型の医療・介護の存在でしょう。

もちろん、特殊な疾患の治療に地域外の病院を利用するのは仕方がないことです。ニーズが少ないところに特殊な病院を建てるのは非効率ですから。
しかし、安心して子供も産めない、地域に住む高齢者が遠くの施設に行かなければならないというのはどう見ても変です。

地産地消より、まずは地診地療(地域で診て、地域で治療・療養する)。
それが単なる真夏の夜の夢に終わらないように祈りたいものです。
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by asakura_h | 2010-11-04 16:46 | コラム
リーダー不在の時代
例年は鬱陶しい梅雨の季節も今年はワールドカップサッカーのおかげで大いに盛り上がりました。
日本チームはまったく期待されていなかった為、勝った時の反動はすさまじく、
今じゃあ、あの岡田監督も名監督です。
もし、背後に演出家でもいれば、脱帽どころか、脱毛して翌日から出家しそうです。
それにしても、岡田監督、本当に名監督かどうかは別にして、迷監督だったのは事実のようです。

アジア予選と勝ち抜いてきたメンバーである中村俊介主体のチームが大会直前でうまく機能しない、多くの評論では本田選手中心のチームにすればというアドバイスもありましたが、なかなか踏み切れず最後になって一か八かの選択が功を奏しました。
確かに難しい選択だったかもしれません。
その難しさとはリーダーとして私情をとるか、非情をとるかの選択に思えました。
確かに冷静に現在の実力を比べた場合、本田啓介中心のメンバーがよいのは明らかですが、それを選べば、昔から苦楽を供にしたメンバーを切ることになり、非情になってしまいます。
中村俊介を選ぶという私情を挟むか、本田啓介を選ぶという非情を取るか?

日本人はどちらかと言えば私情を挟むリーダーを好むように思えます。
源義経、西郷隆盛など非情な感じはしません。
判官びいきという言い方を生み出した日本史最初のアイドル源義経は、朝廷から官位という褒美をもらったために、非情な兄の源頼朝に暗殺されますが、武士政権を樹立しようとしていた源頼朝の選択は間違ってはいませんでした。
西郷隆盛も情に厚く、非情に思えた友人の大久保利通はあまり人気がありませんが、大久保利通の明治政府での活躍がなければ近代日本はありえませんでした。

ただ非情だけのリーダーというのもありえません。
何処かに私情の部分がないと人をひきつけないので、多分非情と私情のバランスが重要なのでしょう。
時にはリーダーは非情という悪人にならないといけないし、私情という心配りやフォローも必要です。

ただ日本が今回もっとも魅せたのは、そういうリーダーの下でも工夫しチームワークを作り上げ、リーダーさえ乗せていった、現場の選手達、支えたスタッフのすばらしさでしょう。
技術的ハンディを走り回ることで補い、気迫あるプレイをみせてくれました。

これを医療介護現場で当てはめれば、リーダーが頼りなくても、現場で働いているメンバーが本気になり、チームワークを発揮してやればできるということです。
やはり現場力です。
政治の世界が顕著ですが、リーダー不在の今の時代の一つの解決方法でしょうか?
ただし、日本選手があれほど走り回れたのも、岡田監督の技術不足を補う指導の成果だそうですが、だからと言って、我々が変なリーダーや政治家に、無駄に走らされるのは勘弁願いたいものです。
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by asakura_h | 2010-11-03 16:46 | コラム
今日から明日育(あすいく)
最近、教育に関する関心が高まっているように思います。

特に子供への教育熱はすごく、一部の小学生は塾や習い事に通うのが当たり前で、普通の大人よりはるかに忙しいようです。
早期教育も盛んで、さらに超早期教育も当たり前、つまり生まれてからでは飽き足りなくて、生まれる前から教育をしたほうがいいと、モーツァルトの曲を聴かせたり、胎児に本を読み聞かせることを実践している人たちもいるそうです。

行き過ぎかどうかはともかく、これから先の日本が少子高齢化であれば、子供の数より質が大きく左右するので、ある程度教育熱が広がるのは良いことかもしれません。
ちなみに明治以前の日本は教育大国だったそうです。
寺子屋が普及し識字率は世界一で、その積み重ねが明治維新後の経済発展につながったと間きます。
それを思えば現代の日本が新たな教育大国になり、うまく教育の機会を均等に与えることができれば、日本人が今まで以上に世界で活躍する時代がくるかもしれません。

ただ教育とはいいますが、私はその言葉が好きではありません。
確かに“育”は好きですが、“教”というのがあまり好きではなく、しかも “教”という字が“育”より上にあるというのか、いかにも教えてやるという上から目線のイメージがして嫌いです。
それよりは英語の“エデュケーション”の方が好きです。
これは相手の力を引き出すという意味があり、教育の“育”に近い気がするからです。

そう考えれば、特に今まで日本の教育は“教”の方に力が注がれ過ぎていたような気がします。
まさに昔は強く育てること、“強育”だったのでしょう。
小学生の時には教室の後ろで立たされたり、中には脅迫じみだ“脅育”なのか、体罰が行われることもしばしばありました。
ただ行き過ぎて“狂育”にならなくて良かったぐらいで、未だに小学生の時に先生に平手打ちされたことなどは覚えています。
それに比べると最近は、随分とおとなしいようです。
体罰は禁止ですし、かえって先生が生徒に気を遣っているような気さえします。
これか行き過ぎだと感じないこともありませんが、もし教育が“教”より“育”の方に向いているのなら、それはいいことかもしれません。
教育は教えて育てるのではなく、育てるために教えるのだと思うからです。

さらにつけ加えると、その教育がその場しのぎでなければいいなと思います。
その場しのぎの点取りゲームが上手い子や、ただの“いい子”作りでは本物の人間は育たないと思うからです。
つまり今日の人材を育てる、“今日育(きょういく)”ではないということが大事ではないでしょうか?
そして、常に先のこと、未来を考える、これからどれだけ伸びるか、その可能性を信じること、例えば自分の子供が今日できなくても、明日できることを想像することではないでしょうか。

今年度の私たちの病院の目標に、職員のスキルアップを掲げましたが、それはとりもなおさず、私たちがいかに職員を育てるかに負うところが大きいので、我が身になって考えさせられます。
結局、教育する側に長い目、広い視野、それに伴う忍耐が必要なのでしょう。
要は、教育は“今日育(きょういく)”ではなく、明日を育てる“明日育(あすいく)”なのですから。
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by asakura_h | 2010-04-11 18:01 | コラム
飽薬の時代
昔、薬といえば今以上に抵抗感があったような気がします。
昭和40年代、確か黄色く丸い形のハイシーというお菓子があって、食べると他のお菓子と一線を画する甘酸っぱい味がしましたが、形が薬に似ていたので沢山食べるのには幾分躊躇した記憶があります。

ところが、今や薬は巷にあふれています。
街のドラッグストアに入ってみれば、薬が山のように積まれていることに特別な違和感はないし、TVCMも薬の宣伝のオンパレードです。
そのせいか、薬に対する抵抗感がかなり少なくなったのだろうか、薬にまつわる事件が最近多いような気がします。時はまさに飽薬の時代なのでしょう。

大学生や主婦などにも薬物を使用している者がいるといいます。中には大麻栽培までしている輩もいるということですから、大麻も一般園芸作物と同じ感覚なのでしょうね。使用禁止すると闇の世界に隠れてしまい、却って危険になるとの発想で大麻を合法化している国もあるようですが・・・。

最近ニュースで話題の芸能人による薬物使用事件などはその際たる例でしょうが、覚せい剤は最も怖い薬のひとつです。
幻覚がひどくなると、身体中を虫が這っていると感じて火をつけたり、他人が自分を殺そうとしていると思い込み突然殺人事件を起こすこともあります。
よく精神病患者が殺人を犯すという悪いイメージをもたれているが、その多くは覚せい剤がらみです。
以前、「覚せい剤をやめますか?それとも人間をやめますか?」という標語がありましたが、使用者にしてみると「人間をやめます」の方がはるかに選択しやすいほど、おかしくなるのです。

また、普段何気なく使用している薬剤にも言えることですが、インフルエンザなどで安易に解熱剤を使用することで、子供に脳炎発症を誘発する危険性があります。
また、つい最近亡くなられた中川元大臣も、睡眠導入剤とアルコールの相乗効果が原因ではないかと言われるくらい、薬とアルコールの組み合わせには注意が必要です。

そういえば身内の話ですが、高齢の母が降圧剤を一錠多く飲んだために、友人とお茶をしている時に突然血圧が下がり意識を失うということがありました。早めに対処できたため大事に至らなかったのですか、わずか一錠でその何倍もの薬の影響力にはただ驚くしかありません。

事ほど左様に薬というのは、すごい効果と害が表裏一体をなす場合があります。
本来は安易に使用されるべきものではないはずだが、つい安易使われるのも時代の流れなのでしょうか、いつの間にか誰も彼もがその怖さを忘れているのが怖いことです。

さらに、安易になっている例として、薬でお腹がいっぱいになるほど薬を飲まなければならない高齢者もいたり、各種の栄養剤を別個に効率よく摂収できる、流行りのサプリメントを利用している人が増えているようです。そして、ストレスのせいか不眠症の人も多くて睡眠剤を常時飲んでいる人も結構います。

こうなると、将来は食事も薬、やる気も薬、眠るのも薬になるかもしれませんね。
果ては、愛情や信頼、知能までも薬で買えるようになるのかもしれません。そう考えると何と味気ない世界でしょうか。いや、恐怖かもしれません。
これから薬との関係を今一度じっくり見直す時がきているのかもしれません。

薬(やく)は厄にもなれば、役にもなる。
すべては使う側の意識の問題です。
私たちは薬を試しているように見えて、ある意味では薬に試されているのです。
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by asakura_h | 2009-12-11 17:58 | コラム
毎日が感謝デエイ!
最近、男性の厄年(大厄)が十年くらい延びているんじゃないかと感じます。
数え年で四十二歳の大厄あたりは、健康にも行助にも注意するように言われますが、果たしてどうでしょうか?
コメディアンの東八郎さんや、俳優の石原裕次郎さんなど有名人も五十歳で亡くなられ、自分の周りでも五十歳代という働き盛りで亡くなった方もおり、非常に驚いたことを思い出します。

平均寿命が延び、見た目の年齢も若くなっていますが、恐らく注意すべきは五十歳代なのでしょう。
大厄の上に新たに最厄とかつけたほうがいいのでは?
あるいは、流行の言い方をするなら「アラヤク」(アラウンド厄年)でしょうか?
ただ、困ったことに私も五十一歳になります。そういえば最近、以前にもまして身体もたるんでいるようで疲れやすく感じますし、ふと早朝にひとり目を覚まして、自分の最後はどうなるのか、なんてつい考えてしまうことがあります。

そんな矢先に、NHK教育テレビの「こころの時代」というテレビ番組が気になりました。
日曜の早朝で視聴率は低いかもしれませんが、その番組の中で大往生の勧めというのをやっていました。
確か香川県立中央病院の先生の話だったと思いますが、ついつい大往生という言葉にひかれて見てしまいました。
その中で、大往生には感謝が一番だというのが心に残りました。

人間は日頃生きているうちは、感謝を忘れている。
言われてみればそうです。
脳卒中などで入院している患者さんの中には、自分の病気に怒りを覚える、動かない手に文句をいう方もいます。
あるいは、病気になったことが不幸だと自分に対して怒る人‥・。
しかし、よく考えてみれば病気になるには、それなりの理由があります。
もちろん老化も関係していますが、老化そのものを含めて病気になった部分が、長年の使用によって疲労しているからなのです。

だから、今まで頑張ってきた身体に感謝することを忘れてはいけないということのようです。
実際、今まで自分を支えてきてくれた身体です。
病気になったから怒るのではなく、今まで支えてきてくれたことに感謝して、いたわってやることが重要だということです。
また、感謝することによって常に心が平穏になる。そうすることで大往生が迎えられるということです。
確かに人に感謝、自分の身体に感謝、世の中に感謝していくことで、なんでも人のせいにしたり、悲観的になる気持ちがなくなり、自然と心が落ち着いてくるような気がします。

そこで思い出すのか、私の祖母です。
なかなか気丈でしたが、会うたびに毎日感謝、毎日感謝と念仏のように唱えておりました。
その当時は分からなかったのですが、最近、その気持ちが少し分かるような気がします。
祖母は、八十八歳の米寿の手前で亡くなりましたが、最後は多くの身内に囲まれて幸せだったような気がします。

毎日が感謝デー、もうひとつ発音を伸ばして毎日が感謝デエイじゃないか、そう思うと、なんだか心のつかえが一つ取れたような気がしました。
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by asakura_h | 2009-09-11 17:55 | コラム