地域に開かれた病院。ひとりひとりに優しい病院。朝倉病院

 

医ごっそうのコラム茶や!


医療法人 仁泉会「朝倉病院」理事長の医ごっそうコラムです。
by asakura_h
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朝倉という地名は結構あるんだ
いよいよ八月も終わりです。
残暑はありますが、七月八月をひとくくりにして夏も一つの章が終わったような感じです。
それにしても豪雨の被害はさすまじかったですね。

七月には福岡県朝倉市が被害に見舞われましたが、この朝倉市、自分の病院と同じ名前なので何故か身近に感じてしようがないので、調べてみると、朝倉という地名は全国に結構あるようです。
秋田県の横手市、栃木県の足利市、群馬県前橋市、岐阜県の関市、愛知県の知多市、京都市の中京区、山口県の山口市、そして高知県高知市だそうです。
もともと名前の由来は朝倉氏という貴族の名前のようですが、そこから全国に散らばったようです。

高知では、661年の斉明天皇伝説によるようです。
この天皇が朝鮮半島の百済という国の救済の為に大阪の難波宮をでて西征して移った場所が朝倉橘広庭宮で、この高知の場所がそうだとして、朝倉という名前がつけられたようですが、よくわかりません。
実際、朝倉神社の背後にある山は奈良県桜井市の三輪山同様に神のこもる山として古代祭祀の信仰対象だったようです。
この山の中腹からは弥生式時代中期の土岐が発見されて、古墳時代後期の朝倉古墳がありますから、どうやら朝倉は高知の中でも昔から開かれていた場所のようですね。
豪族と呼ばれる人達もいて、だから神格化する為に朝倉と命名したのか?

ともかく戦国時代には朝倉氏という有力武将もいて、朝倉城も作られ、この地域で合戦も行われたようです。
ただ福岡県の朝倉市はその斉明天皇の西征の実際の場所だったと推定されている所で、いわば本物の朝倉、本家本元と言えるのかもしれません。

その地名からとって命名されたのがわが朝倉病院ですが、勿論朝倉というのは人名でもありますから、おかげでそんな地名、人名からとられた朝倉がつく病院、診療所が他にもあります。
その中でも悪名高いのが、埼玉県春日部市の朝倉病院でしょうか?

この病院は昔は結核などが入院し、その後主に精神患者を診ており、東京都の認知症高齢者の多くが入院していたそうですが、患者の腰にひもをつけたり、ベッド上で動けないようにしたりや、不正請求が問題になり、平成十三年に廃院になっています。
その後はなんと心霊スポットとして有名になったようです。
いやはやそんなイメージの病院と誤解されると困りますが、実はその病院には、昔、フーテンの寅さんで有名な渥美清が結核で入院していたそうです。
この朝倉病院の創始者の田辺裕丈も結核で療養生活を送っていて、朝倉病院を開設するというのも変な因縁かもしれませんね。
いや、因縁は御免こうむりたい、ただの偶然でしょう。

他には神奈川県横浜市にも朝倉病院があり、療養病床や回復期のリハビリテーション病棟があります。
群馬県にはあさくら診療所というのがあります。
ちなみに神奈川県の朝倉病院の医療法人の名前は健生会です。
自分が所属している高知大学医学部の老年病科教室の同門会(出身医師の集まり)も健生会ですから、これも因縁?
いや、健生とは健康に生きるってことですから、医療関係者、結局、考えることは同じってことですね。






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by asakura_h | 2017-08-31 15:24
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